KG山遊会9月例会

奈良・高取山/日本一の山城「高取城跡」

日時: 平成27年9月12日(土)
    午前9時10分 近鉄阿倍野橋駅 西口改札前集合

行先: 奈良・高取山(高取城跡)

参加者:(先達) 那波 武彦(37年卒)、寺西 友宏(37年卒)
    浜地(35年卒)、木村(36年卒)、巽(37年卒)、玉川(37年卒)、岡田(38年卒)、森川(38年卒)、岡村(39年卒)、松村(39年卒)
    西谷(40年卒)、丹羽(41年卒)、宮崎(42年卒)、藤本(43年卒)、久保(46年卒)、和田(54年卒)      以上16名    
   (反省会参加)田花(38年卒)、

コースタイム:
近鉄壺坂山駅10:20〜11:20 宗泉寺11:30〜11:55猿石12:05〜12:15 国見櫓跡・昼食 12:45〜13:15 高取城本丸跡 13:45〜14:20五百羅漢〜14:45 壺坂寺 14:50〜15:40 近鉄壺坂山駅

行動記録
先達那波さんの都合にて、9月第二土曜日に日程が変更されたので、参加メンバーが心配でありましたが、秋晴れの好天気に誘われたのか、予想に反して16名が近鉄阿倍野橋駅に集まりました。
今日は日本三大山城の一つである高取城跡のある奈良の高取山ハイクです。9:20発の近鉄吉野線の急行に乗り揺られること45分強で飛鳥の地壺阪山駅に到着です。
駅前広場にて、寺西先達の指導によるゆっくり大きく動かすストレッチ体操を済ませ、10:20壺阪山駅を出発す。
駅前を出るとすぐに169号線の信号があり、先のT字路を右折すれば古い町並みが続く土佐街道に出る。奈良で土佐街道とは意外な感じでありますが、昔大和朝廷の都造りの労役で故郷土佐を離れてこの地に召し出された人たちがこの地に住み着いたところからこの名が残っている由でした。
道をはさんで両側に昔ながらの町屋が並び、趣のあるいろんな商家がたくさんあり、各々、楽しみながら談笑しながらのウオーキングに、11:15宗泉寺との分岐に到着。折角の機会であり、宗泉寺を往復し、高取山の登山道に入る事とす。

ここからが本格的な登りで「七曲り」とか「一升坂」などの表示があるきつい登りを一頑張りすると岩屋不動尊への分岐に出る。
道標に従ってまっすぐ高取山への道を登ると「猿石」と呼ばれている大きな石像のある所に出る、そこで小休止して後続部隊を待つ。
一升坂とは、きつい坂道を重たい石を担ぎ上げる人夫に対し、余分に米一升を支給するとして励ましたと伝えられている坂だそうです。


「猿石」での一本を終え、少し進むと二ノ門跡が現れ、高取城跡ゾーンに入って行く。次の分岐を右に入り国見櫓跡を目指す。標高500mの国見櫓跡は展望のきく高台であり、二上山から葛城山の山々から奈良盆地が一望できる素晴らしい所であり、ここで昼食を取る事とする。


展望を楽しみながらの昼食を終え、元の道に戻り、矢場門・宇陀門・千早門などをさらに進むと大きな城跡の石積の縁に出てくる。高取城本丸跡である。日本三大山城の説明板が大きく掲げられていました。本丸跡の一番高い所が高取山の山頂(583.9m)です。
大台ヶ原・大峰山などの山々が遠望できる、全員で記念撮影をして壺坂門口まで移動し、後続部隊の到着を待つ。13:45全員参集し、下山開始す。


西国第六番札所「壺坂寺」への登山道を一気に下る。やがてあちこちの岩壁に多くの羅漢像が彫ってある羅漢めぐりコースに入る。急ではあるが道ははっきりしており危ない所もない。
いろんな岸壁にいろんな羅漢像が彫られており、何のためにこんな急な斜面の岩場に仏像を彫ったのか?五百羅漢像は圧巻でした。
登山路に戻りアスファルト道を少し下ると通称壺阪寺で知られている南法華寺に出合う。


本尊十二面観音は、眼病に霊験があるといわれ、お里・沢市の夫婦愛をうたった人形浄瑠璃「壺阪霊験記」の舞台としても有名なお寺です。入園料が余りにも高いので必要な人のみがお札を受け取り、バスで下る二名のメンバーを残し下山を急ぐ。
壺坂寺からは谷川沿いの旧参道を下る。17時からの反省会の時間を気にしながらのハイピッチで飛ばす。途中から車道と交わり船戸橋を渡ると古い家並みの続く旧街道を歩き、人形浄瑠璃のお里沢市の菩提所を過ぎ少し進むと出発点の壺阪山駅に到着する(14:45着)。
バスのメンバーも到着しており、残りの遅れているメンバーとも確認の連絡を取り、本隊は天王寺阿部野橋の反省会場へ先行することにする。
予定通り17時より、炭火焼「さかい庵」にて反省会を開催、田花嬢の参加も加わり、飲み放題の二時間をたっぷりと歓談し、9月度の例会を終えました。

 記録:久保 写真:岡村・宮崎