●ちびっ子ハイクレポ(第2回)=総勢52名が廃線のトンネルを歩く(2006.05.14)
●ちびっ子ハイク(第2回)の開催お知らせ(2006.05.14)=トンネルを歩こう 
●創部50周年記念総会報告(2006.02.18)於:関西学院会館
●ちびっこハイクレポ=秋晴れのもとOBとその家族50名が集う(2005.10.30)
●ちびっこハイク・炊飯会開催のお知らせ
    50周年記念事業委員会社会貢献部会(2005.0913)
●50周年記念式典に田部井淳子氏の講演が決定(2005.09.05)
  そのプロフィールと「山に救われ、山を救う」(日経新聞)
50周年記念事業への寄付お願い
  (1)ご挨拶=寄付お願い(2005.04.09)
   (2)ご挨拶=寄付御礼(2005.08.31)
  (3)添付資料=50周年記念事業の概略(2005.04.09)
●50周年記念事業の概略(ホームページの開設に寄せて(2005.01.01)
  (1)50周年記念事業・・・・畑拓夫
  (2)改めて「兵庫県境踏査」の意義について
●50周年記念事業委員会議事録集
  第15回50周年記念事業委員会議事録  2005.11.05
  第14回50周年記念事業委員会議事録  2005.09.03
   第13回50周年記念事業委員会議事録  2005.07.23
  第12回50周年記念事業委員会議事録  2005.04.21
  第11回50周年記念事業委員会議事録  2005.02.26
   第10回50周年記念事業委員会議事録  2004.12・04

 

50周年記念事業の概要及び
                       委員会議事録他

ちびっ子とOB/現役、総勢52名が廃線のトンネルを歩く(5月14日) 
                            記録・編集 廣瀬 喬裕、 写真 西島多喜男 

 5月14日、準備に当たる役員方をやきもきさせたお天気も朝の早い時間にはまだ雲が残ったものの、集合時間の10時過ぎには日も差し絶好のハイキング日和となりました。
 
 『ちびっ子ハイク』も昨年秋の仁川に続き二回目となり、今回は廃線となった旧福知山線の武田尾と生瀬の間にある6つのトンネルと1つの鉄橋を歩こうとの趣向です。24名のちびっ子と15名の保護者(うち5名がOB)にOBの世話人5名、助っ人を務めてくれた現役7名の総勢52名がヘッドランプや懐中電灯を手に、流れる汗をふきながら約5kmの道のりを枕木を踏みしめながら歩き通しました。
中、子供たちは『トンネルの長さはどれくらいかなー』とのテーマで、出発前に教えてもらったように1・2・3・4・・・・・・・・・・・111・112・113・・・・・・・・・・289・290・291・・・・・・と数えながらトンネルの長さを『歩測しながら』歩きました。  短いトンネルは出来たけど・・・・・・・、長くなると、エート300だったかなー? 400だったかなーーー?  アーーー!!ワカラナクなっちゃたー????。
 
10:15、JR福知山線武田尾駅に集合しました。昨年に引き続き最長老の小島さん(32年卒)が岡山から参加いただきました。最年少のちびっ子は菱谷さん(35年)のお孫さん=咲笑ちゃんでした。
 
高岡さんから今日の説明をします。
ちびっ子の皆さん!! 今日はようこそお出でいただきました。これから『トンネルを歩こう』というテーマでハイキングに出かけますが、その前にいくつかの勉強をします!! いいですかーーー。
今日のコース
福知山線
福知山線は、傷みのお酒やさんたちが、明治24年(1891年)に尼崎〜伊丹の間に馬車鉄道を開業したのがはじまりです。
 その後、阪鶴鉄道となり明治37年末に大阪〜舞鶴間が完成しました。
 明治40年に法律ができ、国有鉄道(国鉄)となりました。
 終戦後、沿線の発展で乗客がふえ複線電化をもとめる声が大きくなりましたが、生瀬〜道場間は、武庫川沿いに線路がしかれていたので広くすることが困難なため、昭和61年に新線にきりかえられました。
 今日、皆さんが歩くのは、きりかえる前の武田尾〜生瀬間です。
 武田尾〜生瀬間には8つのトンネルがありますが、その中で、生瀬に近い当田と城山という名のトンネルは通行できないので、6つのトンネルを歩くことになります。短いトンネルは、入ってすぐに明るくなり出口が見えてきますが、長いトンネルは、なかが真っ暗で少し進まないと出口がみえてきませんから、足元に気をつけて歩いてください。
トンネルの長さはどれくらいかな
歩測=歩く歩数で距離を測ってみよう



おじさんの話をよーーく聞いて!!!

斑と二班に分かれますーー。オニーサン・オネーサンの言うことを良く聞くんだよーー。
紐に沿って歩いて歩数を数えるんだぞー。一回より二回、二回より三回の方が正確にでるよ。
 
ー、いよいよトンネルに入るぞー。いいかー。懐中電灯で良く照らして足元をしっかり見てあるくように・・・。歩数を数えてノートに書き込んでおくこと。100になったら、紙に一本印を入れて、又一から数えるといいんだよー。

お昼ごはんお腹すいたーー。みんなでお手製のお弁当にむしゃぶりついてました
 
お昼ごはんの後もまだまだ歩きます。長いトンネルでは真っ暗で前がまったく見えません。長くて、暗くて、足元には水溜りもあって・・・・・、何歩歩いたかなんてそんなのモー忘れてしまいました。   鉄橋もありました。 お花も綺麗に咲いてました。


お疲れ様でした。ちびっ子たちの今日のがんばりにたいして、全員に賞品が授与されました。方位磁石と呼子、アリの飼育キットetc.  もうひとつ、今日は母の日です。みんなに一束ずつのカーネーションの花が手渡され、お母さんへの感謝の気持ちを伝えるようにとお話がありました。
幹事さん、学生さん!!本日は本当に有難うございました。秋にも又よろしくお願いいたします。

ちびっ子ハイク(第2回)の開催お知らせ 
                              企画担当  清水 修  

第二回ちびっ子ハイクへのお誘い
5月14日(日)トンネルを歩こう・・・・・・OB・OG・会員の子・孫と共にハイキングで楽しい一日を! 詳細は
 

ちびっ子ハイク(第2回)の開催お知らせ
      (OB・OG・会員の子・孫と共にハイキングで楽しい一日を!)

花が咲き、緑に染まる春を感じる季節となって参りました。お元気でお過ごしの事と存じます。第2回「ちびっ子ハイク」を新緑の最中に、旧福知山線の廃線跡ハイキングコースで計画しました。
「ちびっ子」を軸に会員・家族・現役で楽しいハイキングとゲーム、クイズの一日を過ごしたいと思います。廃線跡ハイキングコースは武田尾〜名塩間の高低差が無い線路跡コースで、武庫川の渓流と新緑を楽しみながら 幾つものトンネルをくぐり抜け、鉄橋を渡る万人向きのコースです、多くの方の参加を期待しております。
(緑がいっぱいの廃線跡と真っ暗なトンネルを歩きながらのクイズ、渓流沿い広場で弁当とゲームと遊びながらのハイキングです)

詳細は改めてお知らせいたしますが、前もってご予定をして頂けるようご案内申し上げます。

                               記
日時 平成18年5月14日(日)  10時15分〜16時
集合場所  福知山線 武田尾駅 改札前 10時15分
行程 武田尾〜名塩間の廃線跡 約6km(生瀬駅への道は国道沿いになりますので、旧道利用で名塩村を抜け名塩駅に向かいます)、名塩駅で解散
会費 500円/1人(ゲーム等の材料費、保険料等)、当日に頂きます
参加対象 小学生を中心とした ちびっ子 20〜30名と同伴の親・祖父母、OB会員・家族・学院関係者(もちろん友人、知人の方も大歓迎です、誘ってください)
ゲーム係  ゲーム進行は勝山市の子供会で経験を積んだ現役諸君が担当してくれます
持ち物 弁当、懐中電灯、水筒、雨具等持参のハイキングスタイルでご参加下さい
(武田尾駅周辺には売店はありません、事前にご用意してください。長いトンネルは真っ暗です、懐中電灯は必要です)
雨天時 中止のお知らせは前日中に行います
参加申込み 4月末日までにお申し込み願います
連絡先  本ホームページのEメールアドレス  info@kgwv-ob.jpにメール願います
氏名、卒年または学院の部署、電話番号、Eメールアドレス、参加人員を記入願います
担当より折り返しご返事いたします 
(参考) 福知山線の時刻表
     新大阪→ 大阪→ 尼崎→ 宝塚→ 武田尾
      8.52     8.59    9.07    9.40    9.48
      9.07     9.14    9.22   9.52   10.00
      9.22     9.29   6.37  10.05   10.13

                                                        
                     


創部50周年記念総会開催される  2月18日(土) 於:関西学院会館 

創部50周年記念総会開催される!!
2月18日(土)関学会館、来賓・OB・現役の総勢220名が出席して盛大に
関西学院大学体育会 ワンダーフォーゲル部 創部50周年記念総会 2006年2月18日(土) 於:関西学院会館

  去る2月18日、母校関西学院構内のランバス記念館での礼拝にはじまり関学会館での総会、記念講演、祝賀会と続く「創部50周年記念総会」が5名の来賓を含むOB・現役220名の参加を得て、盛大に且つ大いなる盛り上がりの中で行われました。3年前にスタートした「50周年記念事業」のフィナーレを飾るにふさわしい大イベントとなりました。 取りあえずの速報を『編集雑感』に掲載してから一ヶ月が経過しました。 この間、西島(39年)、岡井(49年)両氏から多くの写真をいただいておりますので、これらを中心に外部の関係者にお贈りした「50年誌」への反響(礼状)、役員方の挨拶文の紹介等も交え報告とさせていただきます。

【受付風景】

●幹事さんは朝の10時から最終の打ち合わせ。(上3枚)
●受付開始時間(13時30分)の大分前から次々に参加者が集まりだし、あちこちからヤーヤーとの掛け声が飛び交っていました。
  卒業以来10年ぶり、20年ぶり中には40年ぶりといった懐かしい顔を見て自ずと声も大きくなろうと言うものです。




【第一部】記念礼拝(ランバス記念礼拝堂)辻 学 司教


【第二部】総会(司会:谷口重太郎)



司会 谷口 重太郎さん

開会の辞 矢野 精一さん(記念事業委副委員長

挨拶 則定 隆男さん(KGWV部長)


挨拶 松谷 元夫さん(OB会会長)

ご来賓の方々からご挨拶をいただきました

浅野 考平さん( 副学長)
遭難事故の場面で見せた現役の行動はワンゲル部が人間形成の
場として立派に機能していることを証明してくれた

柴田 正夫さん(体育会会長)
遭難時の現役の沈着・冷静さ、OB会の結束の強さ、その後の勝山市での
社会貢献活動。何れをとってもワンゲル部の活動は立派である!!

米田 満さん(関学大 名誉教授
50年の歴史を綴った『50年誌』こそOBの力である。
遭難事故という逆境の中でKGWVは評価を高めたと言える

秦 賢太郎さん(体育会本部長)
『トレで泣いて、山で笑う』これこそ体育会である。スポーツクラブと共通の
気概と姿勢で活動するワンゲルにエールを!!

畑 拓夫さん(記念事業委員長)=事業報告

砂岡真典さん(応援団創部団長)=エール

加川啓二さん(記念事業副委員長)=閉会の辞


【第三部】記念講演 メインタイトル  世界の山々を目指して
                サブタイトル    生涯スポーツとしての登山
講演者   田部井淳子さん

総会に花を添えるべく田部井淳子さんに「記念講演」をお願いしたところ “そんな会なら是非に” と快諾いただき、
一時間半に亘ってKGWVの50周年記念に相応しい楽しいお話をいただきました。

自分だけの歴史をつくりたい!!、生まれてきてほんとによかったと思って死にたい!!
と思い続けて山に登ってます。南極では  “あーーー神様!!!” と思える美しさにも出会いました。

こんなことがしたい、ここに行きたい、あの山に登りたい・・・・・・・・、
願い続ければ必ず実現できます。大事なのは意思を強く持つことです。・・・・・・・・・・


こんな美しいところにゴミは残せない・・・・・・

お風呂に入って足の指で碁石を拾う・・足の指でハンケチをまとめる・拡げる・たたむ・・,
目の周りをマッサージ、耳たぶを引っ張る、足もみ友達を・・・




【第四部】祝賀会(司会:三村奈津子)


森川 嘉也さん(祝賀会開会の言葉)

三村奈津子さん(司会)


挨拶 宮田 洋 さん
君たちの額には三日月の汗が輝いてますか?



50年後の100周年記念パーティーは君たちの手でやって貰わなくては・・・




YES SIR、お任せ下さい!!


挨拶 長坂 正通さん(OB会常任幹事長)

挨拶 西島多喜男さん(KGWV監督)



    乾杯!! 西巻昇一さん*今日は上田さんが出席

できませんでしたが・・・


山行部会 松田喨平さん

社会貢献事業 高岡武夫さん

50周年誌 慶山 充夫さん

現役主将 林 央樹さん


 

総会でのスナップ写真を載せました。少々小さいのですが、目を凝らして自分の姿を探し出してください

  


まだまだ続きます。これからは少し大きくします。
 

 まだまだ写真は沢山あるのですが・・・この辺で失礼致します


関西学院体育会ワンダーフォーゲル部
創部50周年記念総会式次第

           平成18年2月18日                                                                         関西学院会館
第1部(14:30〜14:45)
記念礼拝 (ランバス記念礼拝堂)  辻 学 司祭 
 礼拝後、関学会館にて記念撮影(雨天中止)
第2部 (15:15〜16:15)
総会 (司会:谷口重太郎)
1.開会の辞 矢野精一 記念事業副委員長
2.挨   拶 則定隆男 KGWV部部長
松谷元夫 KGWVOB会会長
3.来賓の祝辞  浅野考平 副学長
芝田正夫 体育会会長
米田 満 関西学院大学名誉教授
秦 賢太郎 体育会本部長
4.事業報告 畑 拓夫 記念事業委員長
5.エ ー ル  砂岡真典 応援団総部団長
6.閉会の辞  加川啓二 記念事業副委員長
第3部 (16:30〜18:00)
記念講演 メインタイトル : 世界の山々をめざして
サブタイトル  : 生涯スポーツとしての登山
講 演 者   : 田部井淳子 氏
第4部 (18:15〜20:30)
祝 賀 会     (司会:三村奈津子)
1. 開会のことば 森川嘉也 KGWVOB会副会長  
2. 挨    拶  宮田 洋 KGWV部元部長
長坂正通 KGWVOB会常任幹事長
西島多喜男 KGWV部監督
3. 乾    杯 西巻昇一 氏
4. イベント 山行部会
社会貢献事業
50年誌担当
現役報告
5. 中締めのことば 長坂正通 KGWVOB会常任幹事長  



50周年記念式典  OB会長挨拶
               OB会会長  松谷 元夫

  本日このように多数のOB・OGの方々、またご多用中にも拘わらずご臨席くださいました浅野副学長を初め多数のご来賓の方々をお迎えしてかくも盛大に50周年の式典を挙行出来ましたことをまずもってお礼申し上げます。

  さて振り返ってみまするに今日ご出席の西巻先輩、又残念ながらご出席頂けなかった上田両先輩によって産声を上げましたワンゲル、それ以後いろんなことがありました。 先日お手元にお届けしました 『50年の踏み跡』 にもありますように同好会、クラブそして体育会ワンダーフォーゲル部の歩みの中で山小屋を持てた、そしてそれにより我々の現役の活動範囲が飛躍的に広がり、OBにとっても心の故郷をもてたこと、要するに我がワンゲルにとって活動の礎ができました。 

  何故山小屋がもてたのか、若いOB,現役の方々は是非知っておいてほしいのは亡くなられた小宮先生、水谷OB会長又学院からの資金援助と当時のOB、ご父兄からの寄付があり、数年後からは学院が維持管理の面でご支援くださっていることです。 山小屋のお陰で地元戸隠の方々とも交流も深まり今日にいたっております。

  部員の数も設立当時の毎年100名を越える状態から一時は存続が危ぶまれる時期もありましたが、現役諸君の努力のおかげで元気にワンゲル活動を続けていることは誠にうれしい限りです。

  ここで決して忘れてならないのは 「あってはならない」 事故のため3人の尊い命を失っていることです。 また一昨年の2月には福井県の大長山でのあわやの大事故、しかし、この事故原因についてはいろいろ反省すべきことがありますが、本日ご出席の皆様にお伝えしたいのは現地から帰ってこられた御父兄と食事をさせていただいたとき、あるご父兄は 「うちの子は一年生です。 雪洞のなかで上級生が一年生は出来るだけ奥の少しでも暖かいところへ行け、寒かったら俺の防寒具を貸してやろうか。と言ってくれた」 と感激しておられました。 私はKGの 「マスタリーフォーサービス」 も 「ノーブル スタボネス」 の精神も我がワンゲルには立派に根付いていると嬉しく思いました。

  最後になりましたが、OB.OG.の皆様方には事故と今回の50周年と二度に亘って寄付をお願いしました。  沢山の方からご賛同をいただきまして本当に有難うございました。 

  今後ともワンゲルは元気に活動することと思います。 どうか暖かいご支援とご鞭撻を現役、OB会双方に今までどおり賜りますようお願いして挨拶とさせていただきます。 



06.02.18
50周年記念事業委員会活動報告

委員長 畑 拓夫

 今から丁度3年前の2003年4月に、渓声クラブ内に50周年委員会がプロジェクトチームとして発足いたしました。 以来今日まで皆様のご協力を得まして無事本日の式典を迎える事が出来ました。 委員会を代表いたしまして心より御礼申し上げます。


 それでは50周年記念事業の活動報告を致します。


  まず50周年の時期設定で御座いますが、KGWVは1955年9月に創部されておりますので、2005年9月が丁度50周年に当たるわけで御座います。 従いまして一応その年度内のいわゆる2006年3月までに記念式典を行いたいと考え、仕事をお持ちの方々の関係上比較的集まりやすい時期として2月の本日を設定致しました。 又、この記念式典までに「KGWV50年史の発行」、「記念山行の実施」、そしてこの50周年を機会にワンゲルOBを中心としました新しい活動の提案として「社会貢献活動の検討と試み」という以上3つに「式典企画」を加えて4つの記念事業テーマアップをし推進してまいりました。 後程祝賀会にてそれぞれの部会長さんより詳細のお話があると思いますので私はその背景と概要のみ申し上げます。


 それではまず既に皆様のお手元に届いております「50年史」ですが、当初50周年記念事業の企画検討を始めました時、何はともあれまずしなければならない事は我々の50年の歴史をきちんとした物に纏めて残しておこうと言うことでした。 その為、部の機関紙である「渓声」「白樺」の収集から始まり、OBの皆様が個人的に持つておられました記録・資料・写真等をお借りし、それを記念誌部会の方々が中心となつて丸3年編集作業を行ったわけです。 又その間、座談会等も開催致しまして、2004年3月にはS30年代の方々、6月にはS40年代と50年代〜S63年の昭和の終わりまでの方々、さらに翌年2005年2月には平成年代の方々並びに女子部のみで開催しましたS38〜H14年までの方々にご出席頂きました女子トータルの座談会を行い、さらに先前部長の宮田先生へのインタビューも含めまして600頁の大作となつております。
  尚この50年史に対し、寄稿いただいた方、座談会に出席いただいた方、資料提供いただいた方、それを纏めていただいた方等、直接ご協力いただいた方々は200名に上つております。 この50年史中で140ページという最大のページを割いた第1章50年の踏後と題しました、いわゆるKGWV50年の通史につきましては慶山部会長に自ら纏めていただきました。 さらに本の後ろには98頁にわたる年表が付けられております。 それには各代の活動が克明に記されておりますので、昔を思い出しつつあらためて読み返していただきましたら幸いです。


 次に「記念山行」ですが、2005年を50周年ととらえ、OBを中心としてこの期間、地元近畿の山々を登る活動を行いました。 2004年10月の氷ノ山登山を皮切りに本年1月の能勢妙見山新年登山まで合計12回、延べ人数110名の方々が参加されました。
 企画のポイントとしましては、松田部会長の考えの元に、50周年を機会に関西学院の地元である兵庫の山々に再度親しもうというものでありまして、そのバラエティーに富んだ12回の活動内容につきましては後程の祝賀会で写真を写しながらお話していただく予定でございます。
 尚私のほうから特にご報告致したいことは、この活動では特にS39年シルバー隊の方々が参加メンバーの中核になつて頂きました。 50周年を迎えたKGWVには熟年登山のエキスパートが多数揃つておられます、この後の田部井淳子さん講演のサブタイトルにも有りますように「生涯スポーツとしての登山」という観点からしますと、わが部も今後益々幅広い活動が期待できると思つております。


  続きまして、「社会貢献活動の検討と試み」で御座いますが、学生時代にはこの上ヶ原でマスタリーフォーサービスの精神をしつかり身につけたとは言い難いのですが、我部も一応50年を経ましたので何かワンゲルの経験とか技術を生かした社会的活動が出来ないものかという事で、清水部会長を中心にしてこの非常にハードルの高い問題を色々ご検討頂きました。 丁度2〜3日前の新聞に載つておりましたが、2005年の経済白書では団塊世代の間で定年後の暮らしとしてNPOやボランティア活動に対する関心が非常に高いと指摘しておりまして、かなりの人が60歳代での日常生活においてボランティア活動をする自分の姿を予想していると書いています。当OB会でも近年自由な時間を活用できるシニアー層の方が増加傾向にあります。 現時点で60歳以上の方がOB会の約50%を占めておられますが、その方々の立派なご経験と能力を生かしたならば、社会貢献的活動は今後十分期待できるのではないかというのが部会の結論でございます。今後色々な企画が出てくると思います。
  尚、この部会の今までの実動としましては、昨年の10月に仁川ピクニックセンターにて小学生を中心としたチビッ子を集めましてチビッ子ハイクを開催致しております。 チビッ子が22名、保護者17名、我々運営者が15名、内現役の方が6名参加頂いていますが計54名でハイキング・飯盒炊爨・ゲームなどを行いました。 終了後の保護者の反応・チビッ子達へのアンケート結果を見ましたところ非常に確かな手ごたえが感じられまして、次回も是非ということで、この次はこの4月に第2回目チビッ子ハイクを再開催致す予定で御座います。
 この活動はまだまだ緒に着いたところであります。今後試行錯誤を重ねながら内容や運営の仕方も色々学んで行くと思いますが、次の60周年・その次の70周年迄には何とか大きな活動に育てたいと考えております。 是非皆様のあたたかいご支援の程宜しくお願い申し上げます。


  最後に「式典」で御座いますが、本日の参加者はご来賓の6名の方を含めまして220名の多数の方々に参加頂いております。 本当に有難うございます。式典の開催時期につきましては冒頭申し上げたとうりですが、この式典開催に当たりましてはやはり何か記念になる彩りを添えたいという事を考えておりました。 色々な案がございましたが最終的に、重松式典部会長のご尽力によりまして、世界的アルピニスト田部井淳子さんに記念講演をしていただくことが実現いたしました。 この後1時間半の講演が御座いますが、どうぞ皆様楽しみにしていただきたいと思います。 さらに今回の式典には、過去どうしてもやむなき事情によりまして4年間のワンゲル活動を途中で断念せざるを得なかつた方々がおられました、その方々の中で今なおKGWVが忘れ難く50周年式典には是非参加をしたいという強い希望をお持ちの方々が、各代代議員の推薦によりまして本日5名参加されております。その方々も我々と共に、どうか楽しい一日を過ごされます事を、委員一同心から願つております。


 それでは終わりになりましたが、この記念事業・50年史発行に対しましてOBの皆様には多くのご寄付を賜りました。 昨日現在で230名の方々より3715千円のご厚志を頂いております。 この場をお借りしまして厚く御礼申し上げます。

  
  又、この3年の間には事故などの紆余曲折も御座いました。 この委員会のメンバーも仕事の関係等で入れ替わりがありましたが、幸いなことに常時30名前後の方々に参加いただき本当に良く活動を支えていただきました。 最後にこれらの方々、この記念事業にご尽力いただきました50周年委員の皆様並びにOB会役員の方、現役諸君に深い感謝と御礼を申し上げまして私のご報告を終わりたいと思います。 どうも有難う御座いました。



50周年記念式典挨拶     常任幹事長 長坂 正通

  OB会常任幹事長の36年卒長坂正通でございます。
本日、ここに多数のご来賓の皆様をお招きし、創部以来のOB・OGの皆様、現役の学生諸君が集い、賑やかに楽しく創部50周年記念祝賀会を開催できましたことは真に嬉しくOB会執行部といたしましても感謝に堪えません。
  ご存知の通り昨年9月に満50年を迎えました私達の関学ワンゲルは、現在OB会正会員422名、現役学生27名の大所帯となっております。これは創部年代をはじめ各世代の方々のワンゲル活動、OB会活動の賜物であり、我々の活動をご支援をいただいた方々のおかげと心からお礼申し上げます。

  また、記念誌「50年の踏み跡」作成にあたりましてはOB/OG諸兄姉からは多額のご寄付など絶大なご協力を賜りまことに有難うございました。お蔭様で当初の予定を大幅に超える600ページの素晴らしい記念誌をお届けできました。
  この記念誌編纂に当たり、私も座談会への参加要請を受け、また奥美濃夏合宿記事のまとめを依頼され、四十数年間大事に保管していたガリ版刷りの計画書や「渓声」各号、歌集などを段ボール箱から取り出し、一晩、二晩と過去に没入しました。そこには百人を超える仲間が真夏の原野を、白銀の世界を満喫していました。赤々と燃えるファイアーに関学ワンゲル賛歌を合唱する若い声が聞こえました。私の「心の故郷」は、関学ワンゲルにあったことを改めて痛感しました。

  西巻先輩作詞、北部先輩作曲の関学ワンゲル賛歌は「友よ、皆で行こう、心の故郷 我等 関学ワンゲル」で始まります。 チームワーク、フェローシップを最優先とした関学ワンゲルが、この部歌をはじめ創部数年間に部室、ユニフォーム、部旗、などを備え、さらにその後山小屋まで造ってしまったことに、それまで関東を中心に存在していた数多くのワンゲル部何するもの、という気概が感じられました。先輩の勧誘を半信半疑で入部した私たちが全日本や関西の連盟主催の合ワンで、また各大学との合ワンで三日月を付けたユニフォームの胸を張ってリード出来たのも先輩諸氏の後輩に対するこの思いやりのお気持ちがあったればこそ、と感謝しております。

  10年一昔と言われるように、昭和も遠くなりつつあります。終戦後10年目に生まれた関学ワンゲルは満50年の年輪を重ね、400名を越すOB/OGがOB会に在籍しております。中には、ワンゲル活動時代を思い出したくない人たちや現役の活動に批判的なOBも居られます。しかし、一昨年のような事故の報道が流れるとほとんどの方々が、我が事のように関心を寄せられ、委員会まで作って原因および現状課題究明に乗り出した方々もありました。一方では世代間格差とでも言いましょうか、ワンゲル活動の考え方、現役指導やOB会運営に関する意見の食い違いがあります。自分自身を他に理解してもらえるよう自ら率先して他を理解し信頼する気持ちを持ち、お互い分かり合う努力が必要な時代になっております。
同じ旗の下で青春時代のひとときを気のあった仲間と思い切り過ごすことができ、その活動によってその後の生き様に少なからぬ影響を与えられ、今も関学ワンゲルを人生の主要な源流の一つである「心の故郷」と感じているのは私だけではないと思います。
  昨年10月22日に開催された現役の代交替式で、新主将の林君から新年度の活動方針を「安全登山の基盤確立」とし、彼らの代が1年間運営してゆく気持ちを『絆』の字で表明してくれました。OB会でも山行記録や各学年会の集いがホームページで頻繁に報告されるようになってきております。OB会・現役会双方が「チームワーク」を高め、新たな50年、100年に向けて関学ワンゲルがますます隆盛に活躍できますようにOB/OGの皆様のお力添えをお願いします。

  ここであらためて今日の記念式典、祝賀会を準備し執り行ってくださいました50周年委員会記念式典担当の方々を皆様に紹介します。総括責任者の43年卒重松さん、44年卒林さん、現役3年主務の阪本君そしてお世話くださった皆さんは起立してください。 労いと感謝の拍手をお願いします。(拍手)有難うございました。

  ご来賓の皆様、OB,OGの皆様、そして現役の学生諸君にとって、今日の集いが明日からの励みに役立ちますように祈念いたしております。ご清聴・ご協力有難うございました。


(中締め)
  ここにご参加の昭和30年代卒業、40年代卒業と10年区切りで5年代のチームワークを称え、さらに今日から50年100年とこのKGWVがますます発展することを祈願して、三〃七拍子で中締めをしますのでご協力をお願いします。
  三三七拍子はこのように、まず、1本打ち、そして2本から3本、4本5本と末広がりでお願いします。(三三七拍子の手打ち締め)有難うございました。




          関西学院大学体育会 ワンダーフォーゲル部 
                   創部50周年記念事業委員会  2006年2月18日(土) 於:関西学院会館


『50年の踏み跡』送付先からの礼状

小宮 太郎様(初代部長 小宮 孝教授のご子息)

拝啓 寒中お見舞い申し上げます。
この度は関西学院大学ワンダーフォーゲル部創部五十周年記念誌を御恵送頂きまして誠にありがとうございました。

  早速お礼状を差し上げたく存じましたが先ずは拝読してからと最初から最後まで丁寧に読ませて頂きました  読後感じました第一の印象はその内容の実に見事な充実ぶりでございました  創部以来の五十年に亘るワンゲル部員の方々の踏み跡が記されたこの記念誌には、 OBの方々から駅伝のように受け継がれている創部以来のワンゲル精神が結晶しているように思われ深い感銘を受けました  これまで折々に語り伝えられてきた先輩達の貴重なご経験やワンゲル部の伝統などを五十年という節目に目に見える部史として総括されたことは誠に有意義と存じます  今後の部活動に励まれる現役の皆様に託される貴重なバトンであり時代の変遷を貫く一本の背骨であるように思いました

  五十年という年月を経てワンゲル部を立派に発展させて来られた皆様方のご苦労は恐らくその年月の間に乗り越え渡り渉かれた幾山河の険しさに対するものと同じほどであったことと推察致し深く敬意を表します  亡父もその発展ぶりをきっと喜んでいることと存じます  拝読しておりました文中で父を懐かしんで下さっている箇所に出会うたびに、 さぞ父はワンゲルの皆様と一緒の時は幸せであったことであろうと確信いたし感謝の気持ちに満たされたことでした

  先年戸隠山小屋四十周年記念行事の際に大勢のOBや現役の皆様にお目にかかる機会を得ておりましたが今回この記念誌の中でそれぞれの方のご活躍ぶりやご苦労ぶりを具体的に読ませていただくことによってより身近に存じ上げることができたように思い喜んでおります

  私にとりましては第一章から第六章までどれもそれぞれ興味ある内容で味わい深く読ませていただきました  苦労談まで包まず記された合宿や個々の山行の具体的な記録は大変貴重でした  50年分の山行となると実に充実した内容であると改めて圧倒されました  しかもそれが単なる個人山行とは異なりチームワークで行動して成功することが大切であるところが読み応えがありました  ずーと読み進んで参りまして一昨年の大長山の遭難の事後に立派に対処された陰にもOB会の存在があったことを知り心強く思いました  第六章のOB座談会も大変興味深く読ませて頂きました 年度ごとに異なる色々な難関に対処されつつ部活動を続けられたことや少人数でも頑張ってこられた女子部員とそれを守り続けた部の運営のご苦労談など巻末の年表を参照しながらご苦労を想いました  戸隠山小屋四十周年記念を立派に準備された三役が女子だったことを思い出して感慨一入でした  五十年のワンゲルの歴史を原稿に著された多くの方々、 とりわけこの記念誌を見事に編集された方々に心から敬意を表したいと存じます

  この五十年記念誌は関西学院ワンダーフォーゲル部精神の素晴らしい結晶としてOBの皆様方のチームワークによって産み出されたものであることが読了して実感できました  今後OB会の御発展と現役の方々の安全かつ有意義なご活動が益々隆盛となられることを祈念致します 

  同封にて五十周年記念事業への寄付として些少ながら金子(壱万円) をお送り申し上げます  お納め頂ければ幸いです  OB会の皆様方にどうぞ宜しくお伝え下さいませ

  時節柄どうぞお体をご自愛のほど
                                                                   敬具

                                                       小宮 太郎

                                        平成十八年一月二十四日 

関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
OB会会長

  松谷 元夫 様  
徳武 敏幸 様(戸隠村=長野市戸隠中社 うずら家そば店)

謹啓  厳しい寒さの信州戸隠でございます。 ことしは例年にない大雪でして、雪に慣れっこの私たちも大変な苦労をいたしました。 皆様方にはご健勝にてお過ごしの事とお喜び申し上げます。

  この度は関学ワンダーフォーゲル部五十年史「五十年の踏み跡」の創刊誠におめでとうございます。 又、早速お贈り頂き重ねて御礼を申し上げます。 もっと早くお礼をと思いながら遅れましたこと、お詫びさせていただきます。 本来であれば父・金造が筆を取るべきところですが、父は病の床に伏しており代わりまして私がペンwp取った次第であります。

  申し送れましたが、父・金造の跡を継いでうずら家を経営しております徳武 敏幸と申します。 力不足ではありますが何分宜しくお願いを申し上げます。 現在は、中社大鳥居前に店を構えておりますが、当時は中社大門農協の2階(現JA長野中社支所)で父母がうずら食堂を営んでおりました。 私も中学生の頃で良く父母から皆様のことを聞いておりました。 たいそうご贔屓を頂いたとのことで、私の店が今もこうしてあるのは皆様のお陰と感謝申します。

 子供ながらに感じておったことがあります。息子の私が言うのもおかしな話ですが、商売の中でありましたが関学の学生さんと父母は、親子のような関係を築いていたように思いました。『愛情、優しさ、思いやり、気配り」そんな父母の背中を見てきたように思います。母は、30年ほど前になくなりましたが、その心は今も私の心の中に生きています。皆様とのすばらしい思い出を本当にありがとうございました。父母に成り代わり厚く御礼申し上げます。

  思いのままにペンを走らせて参りました。 つたない文になりましたことお許し下さい。 末筆になりましたが、皆々様の益々のご活躍とご多幸をお祈り申し上げ御礼とさせていただきます。 また、お近くにお越しの折は是非とぞ当店にお立ち寄り下さいませ。 心よりお待ち申しております。
                                                                   謹白

ワンダーフォーゲル部OB会 会長 松谷 元夫様
農協の二階のうずら家 を執筆された松田 喨平 様

                                                  2006年1月28日

                                              戸隠中社3.229
                                                   うずら家店主  徳武 敏幸

追伸
  戸隠に生まれ、この地に育つ者とし、多くの皆様がこの地と関わりましたことに深い感銘を覚えます。
  戸隠を故里のように愛して下さったたくさんの皆様に心より感謝申し上げます。


関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部 
     50周年記念事業委員会 御中
     OB会 会長 様
山根 敏博様(勝山市教育委員会教育部、自然体験学習課長)
                                                        平成18年1月23日
関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
OB会会長  松谷 元夫 様                                                 
 
                                      勝山市教育委員会教育部
                                          自然体験学習課長    山根 敏博

             創部50周年記念誌の受領について(お礼)

  拝春の候、貴殿に置かれましては益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。
  先日、「創部50周年記念誌」を贈呈いただき誠にありがとうございました。 私たちは平成16年から貴部とさまざまな活動を当市において行っておりますが、それ以前の貴部の長い歴史を知ることができ、今後、貴部との活動において大変参考になるものと存じます。今後、ますますの貴部の発展、および当市と良好な関係が続きますよう、宜しくお願い申し上げます。

関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
    50周年記念事業委員会 御中
福井県立図書館長
 
謹啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
  日頃当館の運営につきまして、格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
  さて、このたびは、下記資料をご寄贈くださいまして、誠にありがとうございました。
  なお、今後とも宜しくお願い申し上げます。 
                                                 敬具

                      記
             関西学院大学ワンダーフォーゲル部史 五十年の踏み跡

                              平成18年2月1日
                                    福井県立図書館長


関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
    50周年記念事業委員会 御中                             
関 孝治   様(福井県山岳連盟 会長)
牧野 治生 様(    同上     副会長)
長谷川 清 様(    同上     同上  )
中村 隆喜 様(    同上     理事長)

                     
                     御礼

関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部 五十周年記念事業委員会 御中

拝啓 立春の候、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
昨年9月に創部50周年を迎えられたとの事、誠におめでとうございます。
この度は、立派な創部50年記念誌を賜り、恐縮に存じます。
誠にありがたく厚く御礼申し上げます。
貴部の今後のますますのご活躍とご発展をお祈り申し上げております。
                                           敬具

                                  平成18年2月
                                  福井県山岳連盟  会長   関 孝治
                                              副会長  牧野 治生 
                                              副会長  長谷川 清 
                                              理事長  中村 隆喜


関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
    50周年記念事業委員会 御中 
山内 一郎 様(学校法人関西学院 理事長)

拝啓  厳冬の候  ますますご清栄のこととお慶び申し上げます
平素は本学に対しまして格別のご高配を賜り 心より感謝申し上げます

  さて  このたびは創部五十周年記念誌『五十年の踏み跡』をご恵送賜り誠に有難うございました。
さっそく味読させていただき ご厚志に沿いたいと存じます

  まっぴつではございますが 貴殿の一層のご健勝とご活躍 ならびにワンダーフォーゲル部の更なるご発展を心より祈念申し上げます

  略儀ながら書中をもちまして 御礼のご挨拶とさせていただきます
                                                             謹白

                 平成十八年一月二十五日
                       学校法人関西学院  理事長  山内 一郎
  
                              <ワンダーフォーゲル部の益々力強い歩を祈念いたします>


関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
      OB会会長  松谷 元夫 様
小祝 昌樹 様(慶應義塾大学ワンダーフォーゲル部 三田会 会長)

啓 向春の候、関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部ならびに貴OB会ますますご盛栄のことtp存じます。
  昨年 貴部は創部50周年を迎えられたとのこと、遅ればせながらお祝い申し上げます。

  この度は「記録 五十年の踏み跡ー関西学院大学ワンダーフォーゲル部史ー」をお贈り頂き有難うございます。

  立派な記念誌で、編集に携わった方々のご努力、古い記録・情報・記憶を提供されたOB・OGの熱い思いが推察されます。OB座談会の記述は、創部から拡大・発展・成熟を経て部員の減少とこれからの進化と生の声が行間ににじみ出ており、彷彿とされます。 同じ時代にワンダーフォーゲル活動を愉しみ、同じような行動皿には同じような悩みをかかえ、部活をしていた学生がいたことに思わず頷いてしまいました。

  慶応義塾大学ワンダーフォーゲル部は昨年70周年を迎えましたが、昭和30年中半から40年前半期の部員二百名を超える時代から三十人余の現在まで貴部と同じような軌跡をたどっています。当OB会は三田会と称し、1200人の会員となっており、日帰りワンデリング、スキー合宿、夏合宿、山荘祭の他にゴルフ会・懇親会等を行っております。

  かっては全日本学生ワンダーフォーゲル連盟が組織され、関東・関西で交互に情報交換会が開かれ、年1回の合同ワンデリングが行われていました。 残念ながら現在その活動は途絶えているようですが、学生たちは機会あれば他校との交流を再開したいようですし、日本でのワンダーフォーゲルの啓蒙にも取り組みたいと考えているようです。 我々OBもお付き合いを拡げ、情報国関東ができればお互いOB会活動の参考になるのではないかと期待しいます。

  これを機会に今後とも宜しくお願いいたします。
                                                                    敬具

            平成18年2月3日
                               
                慶應義塾大学 ワンダーフォーゲル部三田会  
                         会長          小祝 昌樹(昭和39年卒)
                         総括・広報委員長  田中  透(昭和41年卒)



西宮市上ヶ原 1−1−155
    松谷 元夫 様
内田 吉成 様(M.W.V.OB<36年卒>)

前略 貴部及びOB会のご発展のことお喜び申し上げます。

  小生、明大WV部OBの内田と申します。 このたび貴部OB田中順也氏と昔の全国W.V連盟の関係で東京で何回かお会いした時の話で50年記念誌をお贈りいただきました。 懐かしく拝読させて頂いております。 このような立派な記念誌が出来上がりましたことを心よりお祝い申し上げますと共に寄贈下さりましたことに対し心より感謝いたします。 さぞかしご苦労があったことと思います。誠に有難うございました。 右御礼まで
                                                                 早々


関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
    50周年記念事業委員会 御中                                               
神戸市立中央図書館
拝啓  時下ますますご清栄のこととおよろこび申し上げます。

  このたびは貴重な下記資料をいただきありがとうございました。  あつくお礼申し上げます。ご好意に添うよう広く市民の利用に供していきたいと存じます。

 今後ともご支援賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
                                                       敬具

            平成18年1月20日

                     記

1、関西学院大学ワンダーフォーゲル部史 記録 五十年の踏み跡


関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
    50周年記念事業委員会 御中
社団法人  日本山岳会  会長    平山 善吉
拝啓 
  このたびは下記の図書資料をご恵贈賜り、誠にありがとうございました。 当会の図書室資料として調査研究のために活用させていただき、ご厚意にそいたいtp存じます。

  今後ともご協力いただけますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。

                   記
関西学院大学ワンダーフォーゲル部史  『記録 五十年の踏み跡』

                          2006年2月16日
                          
                            社団法人  日本山岳会
                            会長       平山善吉


関西学院大学ワンダーフォーゲル部
    OB会会長    松谷 元夫 様
西橋 健 様(神戸市東灘区)

寒中お見舞い申し上げます。
  長い間ご無沙汰を致しておりまして申し訳が座いません。
  
  先日思いも掛けず素晴しい『関西学院ワンダーフォーゲル部50周年誌』を御贈呈頂きまして誠に有難うございました。 貴兄はじめ懐かしい名前が随所に見られ50年前が昨日の如くに蘇って参りました。  WV部のお陰で青春時代によい思い出を作っていただきました。 部外者の小生にまで、暖かい友情と感謝しております。 どうぞ寒さ厳しき折、御身体には十分ご自愛くださいませ。                                                      早々


豊中市  松谷 元夫 様
井関 博文 様(豊中市上新田)

謹啓  時下益々ご清祥のことと喜び申し上げます。  

  さて、この度は貴部創部五十周年を記念し編纂されました『五十年の踏み跡』をお贈りいただきまして有難うございました。大変なご苦労を持って出来上がったものと推察しております。  昭和四十年代同じく山で過ごした者として大切に読ませていただきます。

  乱筆ですが、取り急ぎ御礼まで。<畑さんに宜しくお伝え下さい>


関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
    50周年記念事業委員会 御中
則定 隆男 様(関西学院大学教授 ワンダーフォーゲル部 部長)
拝復 初春の候、ますますご健勝のこととお喜びもうしあげます。
  昨日『ワンダーフォーゲル部創部五十周年記念誌ー50重年の踏み跡』を受け取りました。大変立派な本となっており驚いていますが、その分編集は大変だったと思います。

  私もこのような編集の経験がありますが、期日に原稿を間に合わせていただくだけでも大変な中多くの方々の協力を得てこれだけ素晴しいものが出来上がったのもOBの熱意と団結のおかげだと思います。

  二月十八日の記念式典でお会いできるのを楽しみにしております。

  取り急ぎお礼まで。
                                                           敬具
豊中市 上野東  松谷 元夫 様


 50周年記念事業の概要及び
                       委員会議事録他         

    ちびっ子ハイク   
10月30日秋晴れの仁川ピクニックセンターでOBとその家族50名が集う

秋晴れの下、OBとちびっこ総勢50名が学院に集う(10月30日) 
                           1参加者として 廣瀬 喬裕 記

秋晴れの下、OBとちびっこ総勢50名が学院に集う

10月30日(日)、心配されたお天気も土曜日の午後には雨もやみ当日は朝から快晴となった。朝10時、仁川駅にOBとその家族37名が集合し、3班に分かれて仁川の川沿いを植物園を目指して出発した。住宅地の住人には、上は32年卒のOB小島さんを筆頭に下は3歳まで70歳の年齢幅を持ったなかなかに珍しい集団に映ったことでしょう。

“阪急仁川駅から仁川にそって歩きます。
川からはなれ、のぼり坂ををのぼるとそこがしょくぶつえんです。
  しょくぶつえんで一休み。”

仁川の住宅地を植物園に向かって歩く

植物園に到着、よく登ってきました。休憩ーー

各グループで、じこしょうかいをして下さい。今日、はじめてあった人となかよくしよう。
各グループでなまえをきめてください。しぜんの家へむかってしゅっぱつです。

もらったプログラムに名前をかいて・・。
おねーちゃんどうかくの?

しょくぶつえんをでて甲山なかよし池へ

しょくぶつえんを出て少し歩くと、左へまがる道しるべがありそこをまがると山みになります。
しばらく山みちをすすむと川があり、川をわたると甲山なかよし池にでます。
このへんでは、やせいのいのししがみられるかも・・・・・

さーみんな!!この川をわたるぞー。
やっぱりむりかなー。

なかよし池できねんさつえい。

池のはしを右のほうへわたり山みちをいくとじどうしゃみちにでます。
そこをわたり山みちをのぼり右へいくとしぜんの家のリバーサイドキャンプ場にいきまーす。
リバーサイドキャンプ場でおひるごはんです。

御飯の臭いが・腹減ったー

並んで、並んで・・・・・・

おいしいねーー。このカレーライス

まだまだカレーのお代りあるよー

御飯を作ってくれたおじさん達

大学生のおにいちゃん、有難うさん

あとかたずけのおてつだい。おひるごはんのあとは、ぜんたいでたのしいゲームをします。
甲山しぜんの家ビジターセンター かぶとやまにいるこんちゅうやさかなが、いっぱいいるよ。
ビジターセンターを見学したらいよいよ関所ハイクにしゅっぱっ!
関所ハイク:関所は、ぜんぶで5かしょあります。みちじゅんは、かかりに人のしじにしたがってください。
関所についたら、ぜんいんで大きな声でグループのなまえをいってください。
せきしょでは、いろいろなゲームにちょうせんします。
ゲームがおわれば、つぎのせきしょにむかいます。
5かしょぜんぶまわって、すすむとゴールにつきます。
ゴールは関西学院大学です。

ちびっこ達よ。関学は気に入ったかい? でもそう簡単には入れないぞー! しっかり勉強しなくっちゃー。



ちびっこハイク
10月30日(日) OB・OG会員の子供・孫とともに仁川ピクセンで楽しい一日を

ちびっこハイク・炊飯会の開催お知らせ    50周年記念事業委員会社会貢献部会
                                      2005.09.13     清水 修(32卒
) 


                  (OB・OG会員の子・孫と共に仁川ピクセンで楽しい一日を!)
                     

秋の訪れを感じる季節となって参りました。お元気でお過ごしの事と存じます。
「ちびっ子」を中心に会員・家族・現役との交流を行い、ワンゲルの輪を広げる行事を計画しました。
また久しぶりに仁川ピクニックセンターで集いませんか。
秋の一日を前もってご予定をして頂けるようご案内申し上げます。

ちびっ子ハイク・炊飯会の内容
日時 平成17年10月30日(日)  10時〜16時30分
集合場所 阪急仁川駅、西側の山手方面改札口  10時集合
会費 800円/1人(施設使用料200円 保険料100円を含む)、当日に頂きます
プログラム ○ちびっ子を中心にグループ分けをし、解散までグループ単位で行動します
○仁川駅→仁川ピクニックセンター→西宮市立甲山キャンプ場に、
○キャンプ場にて炊飯会、全員でのゲーム、ちびっ子のゲーム
○キャンプ場出発→ちびっ子関所めぐりゲームをしながら→関学道を伝って→学院へ
○学院広場でちびっ子のゲーム表彰・記念撮影をして解散(16時30分)
参加対象 小学生を中心とした ちびっ子 20〜30名と同伴の親・祖父母 総員40〜50名
(原則としてOB会員・家族・学院関係者とします)
ゲーム係 ゲーム進行は勝山市の子供会で経験を積んだ現役諸君が担当してくれます
持ち物 水筒、雨具等持参のハイキングスタイルでご参加下さい
雨天時 中止のお知らせは前日中に行います
その他 現役使用のテント、用具、装備を披露、活動の啓蒙もしてもらいます
参加申込み 9月末日までにお申し込み願います、定員になりましたら締め切りをいたします。
OBだけの参加も勿論大歓迎です
在阪OB(京都府、滋賀県、大阪府、奈良県、和歌山県、兵庫県)の方には文書でお知らせしておりますが、在阪OB以外の方、学院関係者で参加ご希望の方は下記でご連絡下さい、折り返しお返事をします。
【連絡先】   本ホームページのEメールアドレス  info@kgwv-ob.jp
         氏名、卒年または学院の部署、電話番号、Eメールアドレス、参加人員を記入願います
                                                               
                                                                        以上     





50周年記念式典(’06.2.18)
         に田部井淳子さんの講演が決定!!   2005.09.05

50周年記念式典に「田部井 淳子氏の講演」が決定 ’06.02.18
  田部井淳子氏のプロフィール及び
「山に救われ 山を救う」(8/22〜26日経新聞)@〜Dまで全文掲載    

登山家 田部井 淳子さん のプロフィール

【略歴】

1939(昭和14年)  9月22日、福島県三春町に生まれる
1962(  37年) 昭和女子大 米英文学科卒業
社会人の山岳会に入会し、登山活動に力を注ぐ
1969(  44年) 『女子だけの海外遠征を』を合言葉に女子登攀クラブを設立
1975(  50年) エベレスト日本女子登山隊 副隊長兼登攀隊長として、世界最高峰エベレスト8848m(ネパール名:サガルマータ、中国名:チョモランマ)に女性世界初の登頂に成功)
1992(平成4年) 女性で世界初の7大陸最高峰登頂者となる
2000(  12年) 3月九州大学大学院 比較社会文化研究科 修士課程終了(研究テーマ:ヒマラヤのゴミ問題)
現在 年7〜8回海外登山に出かけ、現在35ケ国の最高峰を登頂。
産額環境保護団体・日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト略称:HAT-J(ハットジェー)の代表
今年(2000年)は、1975年にエベレストに登頂してから30周年。

(最近訪れた世界の山々)

1996年 チボリ山(コスタリカ)最高峰、大姑娘山(タークーニャン)5025m(中国)、チョー・オユー8021m(中国)
1997年 サウダ山(レバノン)最高峰、シュアイブ山(イエメン)最高峰
1998年 エグモント山(ニュージーランド)、ガッシャーブルムU峰(パキスタン)
1999年 オリンポス山(キプロス最高峰)、ボベーダ7439m(キルギス共和国)
2000年 ワスカラン6768m(ペルーアンデス最高峰)
2001年 オリサバ5675m(メキシコ最高峰)、ムスターグ・アタ7546m(中国)
2002年 アシニボイン3618m(カナダ)
2003年 アララット山5137m(トルコ最高峰)
2004年 雪岳山(ソラクサン)(韓国)
2005年 オホス・デル・サラド6893m(チリ最高峰)

【著書】

『山を楽しむ』(岩波新書)【最新刊】2002年
『初めての山歩き』(文化出版社)2002年
『エベレスト・ママさん』(山と渓谷社)2000年
『さわやかに山に』(東京新聞出版社)1997年
『エプロン外して夢の山』(東京新聞出版社)1996年

【受賞歴】

1975(昭和50) ネパール王国から最高勲章グルカ・ダクシン・バフ賞、文部省スポーツ功労賞、日本スポーツ大賞、朝日体育賞(現在朝日スポーツ賞)
1988(   63) 福島県民栄誉賞第一号、埼玉県民栄誉賞、川越市民栄誉賞、三春町栄誉市民、エイボンスポーツ賞
1992(平成4) 文部省スポーツ功労賞(2度目)
1995(  7) 内閣総理大臣賞
この他 ビッグスポーツ大賞(テレビ朝日主催)、日本フェアープレー賞

【審査会等の委員】

《環境省》  中央環境審議会委員
《福島県》  しゃくなげ大使
《その他》  国立青年の家理事、昭和女子大学理事、尾瀬保護財団理事、ニッセイ緑の財団評議員、
        イオン環境財団評議員、住友生命相互保険会社審議委員他

      人間発見/ひとスクランブル  登山家 田部井淳子
         山に救われ 山を救う  (日本経済新聞2005年8月22日〜26日)

8月22日から26日まで5日間にわたり日経新聞夕刊の「人間発見」人スクランブルに田部井淳子さんの記事が連載されましたので皆様にご紹介いたします。一度に出すのも大変ですので日を置いて順次連載いたします。
楽しみにページを開いてみてください。

【8月22日(月曜日)】@
  ■登山のためにでも何も犠牲にせず
   「山男」の夫の存在に救われる
   環境問題意識、58歳で大学院に入・/FONT>
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ちょうど30年前、女性として世界で初めてエベレスト登頂に成功した田部井淳子さん(65)は、女性初の7大陸の最高峰登頂者でもある。慎重派150センチほどしかなく肺活量も平均より少ない。男性社会の中で、未踏ルートを切り開いてきた小柄できゃしゃな ”ママさん登山家” はその後も世界各国の最高峰の登頂を続けている。
 私って欲張りなのかもしれませんね。登山のために何かを犠牲にしたくありませんでした。結婚も子育ても、そして趣味も含めて女性ができることはすべてやりたかった。 
 もちろんそれは苦労との交換でしたよ。エベレスト登頂計画の資金集めの時です。1歳の子供がいるので「夜の会合はでられない」と断わると《スポンサーとの話は夜、飲んでいるときに決まるもの。大きなスポンサーがつかないのは子持ちの副隊長のせいだ」と仲間から非難されました。一生懸命やっているつもりだったので、夜、ふとんに入ると悔し涙が出てきましたね。
 登山を自重しよう、と思ったのも子供のためでした。エベレスト登頂直後の取材攻勢に娘がおびえ、外出することさえ嫌うようになったことがありました。
 楽天家とみられますが、くよくよめげるんです。でもそのうち、それでもやらなきゃ、ってむくむく立ち上がるんですが。なんといっても救われたのは夫の存在。「1人では無理でも二人ならできる結婚にしたい」というのが山男だった夫との約束でした。
 エベレスト登頂の打合せで隊員が家に集まって時もむずかる子供を車に乗せて長い間、夜道を走ってくれました。ただ夫の協力に甘えては行けない、と家にいるときは独楽鼠のように動き回りましたよ。
今、心を砕くのは山岳環境の保護。九大大学院で環境問題を学び、エベレスト初登頂のヒラリー卿が代表を務める「ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト」の日本支部代表として活動に取り組んでいる。
五十八歳で大学院に入ったのは余りにも自分がものを知らないという恥ずかしさからでした。環境問題は直ぐに結果が出ない。かつてネパールにリンゴの苗木を贈ったのですが、いいことしたと思っていても逆効果になることがあります。そういう不安があって活動の裏づけになるものが欲しかったのです。
 大学院ではエベレストのゴミ問題をテーマに選びました.私の頃とは違い今は入山ラッシュでまさにゴミ、し尿の山。私たちもごみにはそれなりの気を使いましたが、あの当時は環境保護の意識も低く、登頂記念として酸素ボンベとポットを残してきてしまった。その罪滅ぼしの意味もあります。
 日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラストの主な活動は次世代の子供たちに自然体験を通じて環境を考えてもらうこと。毎年、世界各国の子供をつれて環境登山をしています。自分の足で歩き、目でみて肌で感じる、それが大事です。これまで山から恩恵をずいぶん受けてきましたから、残る人生、わずかでもお返ししたいと思っています。


【8月23日(火曜日)】A
  ■幼少の頃は虚弱体質で運動嫌い
    初めての登山で魅力を肌で感じる
    頂上を目指す喜び、疲れ癒す契機に

 梅と桜が一度に咲く福島県三春町で生まれた。将来、世界的アルピニストになるとは誰も想像できないほど虚弱体質で、運動嫌いだった。
 実家は印刷業。兄二人、姉4人の末っ子でした。小さい頃から小柄で体が弱く、ふだんからへんとう炎で高熱を出したり、ひきつけを起こしたり、肺炎になったりしていました。
 運動は何をやってもぜんぜんだめ。クラスでひとりだけ鉄棒の逆上がりはできないし、跳び箱は最下段も飛べない。球技では人の後に隠れて逃げ回っていました。体育の通信簿はほとんどいつも「2」。
 運動会も苦手でヨーイ、ドンで走る徒競走は恐怖だったですね。でも運動ができないならそれも仕方がない、と最初からあきらめたりしているような少女でした。私がこんな登山人生を歩んでいるなんて小さい頃を知る人はだれも想像できないでしょうね。
 初めての登山体験は小学4年生。担任の先生に連れられて登った那須連峰が少女の心に強烈な印象を残した。
 「今度の夏休みに那須に登山に行く者はいるか」との先生の呼びかけに応じました。私にとって山といえば一面が緑で、段々畑があって桜やツツジが咲くと思っていたのに那須連峰は草も木もない。
 その代わりあるのは砂と岩ばかり。川には水ではなく湯が流れていました。それに下界はあれほど暑かったのにものすごく寒い。何から何まで驚くことばかり。黒板や教科書で習ったものではなく、肌で感じた体験だけにものすごく新鮮だったんです。
 嬉しかったのは山登りはヨーイ、ドンじゃない。ゆっくりでも一歩ずつ歩いていけばみんなと同じように頂上に立てるわけでしょう。ただ苦しくてもだれかが交代してくれるわけじゃない。
 このとき味わった喜び、驚き、満足感が私の登山人生の原点でした。また別な山に登りたいという引き金になりましたが、戦後まもないころ。おいそれといける時代じゃありませんでしたが。
夢を抱いて東京の大学に進学。だが現実はあこがれの生活とは大違い。心身ともに疲れ果て体調を崩したが、再び山が救った。
 「音楽喫茶」「演劇」「銀座」などにあこがれて上京したのですが、姉たちから耳にしていた生活とはまったく違う。テンポについてゆけないんです。地方から出てきたと思われたくない、などという言葉のコンプレックスも重なり、大学構内にあった寮生活ではいつもおどおどしていました。
 そのうち体がそんな生活についていけず、とうとう何も食べられなくなりました。医師の診断は「神経性胃炎」。しばらく郷里に戻り療養しましたが、うじうじしている自分に嫌気がさし、「とにかくもう一度東京にいこう」と結論を出しました。
 大学に戻ってからは下宿で一人暮らしを始めましたが、すっきりしない自分を立ち直らせてくれたのはやはり山でした。友人に誘われ、奥多摩に出かけたのですが、新宿から電車でちょっと離れただけでまるでオアシスのよう。
 心が洗われ、幼いころ自分に自信を持たせてくれたのが登山であったことを思いだしました。頂上を目指して一歩、一歩踏みしめるうちに自分の存在が確かめられ、言葉のなまりなどたいしたことと思わなくなりました。
 山からの帰り、本屋に飛び込み「東京周辺の山々」を買い求め、全ての山を登ってやろうと決心しました。そして毎週末、中央アルプス、八ケ岳、谷川岳と歩くうち、方言への引け目も講義の退屈さもかすみ、いつも悩まされていた微熱もなくなりました。


【8月24日(水曜日)】B
   ■土曜はいつも夜の鈍行で谷川岳に
     「女性だけでヒマラヤ」の思い強まる
     登頂メンバー決める隊長の態度に感心

 大学卒業後、就職したのは欧米の物理論文を編集する日本物理学会事務局。登山を楽しむには理想的な職場で、男性にまじって冬山や岩登りにチャレンジしていく。
 人と話をするのは、幼いころから苦手でしたから接客業は、はなから向かないと思っていました。あまり人と接触しない就職先を選んだのですが、運が良かった。うるさい上司が目を光らせているわけでもなく、都合がつきさえすれば自由に休めました。私の登山好きはそのうち知れ渡り、土曜日には登山用具持参で出社、いつも午後10時12分上野発の鈍行で谷川岳に出かけました。
 冬山や岩場にあこがれ、思い切って山岳会に入ったのですが、初めての岩場体験は感動ものでした。どんな小さなミスでも死ぬかもしれない、という全身がきりきりする緊張感がありましたから。場所によって南無三といいながら登るわけです。指の一本、一本で体を支えながら岩をクリアーしたときの心地よさは言葉では言い表せません。
 ひとつの壁をクリアーすると次はもっと難しい壁を登りたい、という気持ちがふつふつ湧いてくる。山岳会仲間の男性に遅れをとらないようにふだんから走ったり腹筋をやったり。あのころからでしょうね。弱かった肉体が変質したのは。
 山は危険視されますが、不可抗力の事故は都会の中にこそ多いと思う。山では自分が謙虚になり、冷静に判断する限りほとんどの事故は避けられます。
 「女性だけでヒマラヤへ」という思いにかられたのはそのころだった。
 肉体的条件がほぼ同じ仲間でヒマラヤへ、というのがすごく魅力的に思えたんです。男性と一緒に岩登りや雪山に行くとどうしても背伸びをしてしまう。手足の長さの違い、スピードも遅いし、パワーもない。無理してついて行くと余裕がなくなり、とっさの時の動きが悪くなる。それにやはり異性同士では気を使わざるを得ないし。
 同じような考えを持った4人で女子登攀(とうはん)クラブを設立、上野駅や新宿駅で登山姿の女性に恥も外聞もなく声をかけ、二週間後に16人が集まりました。ただ当時、誰もヒマラヤの知識はありません。「日本100名山」で有名だった深田久弥先生に手紙を書いたところ、まだ日本人が未踏のアンナプルV峰を推薦してくださいました。
 1970年、標高7,550mの同峰登頂に成功。だがアタックメンバーを決める際、仲間内でもめるなどほろ苦い思い出が残った。
 海外登山経験があったのは隊長だけ。誰もが未知の体験でした。気負いや期待感からかもしれません。頂上アタックメンバーを決める際、隊内でもめにもめました。最終的に私が選ばれたのですが、はずれた人たちから「どうしてあんな人が選ばれるの」「私は荷揚げのためだけにきたんじゃない」との不満が噴出しました。
 女性隊だからじゃないと思いますよ。実は登頂をめぐる争いは男性の方がもっと激しい。殴り合いになり、前歯を折って帰ってきた、などという話は尽きません。ただそうした事実はほとんど外部に出ませんが。登山は限られたメンバーが極限状態でともに過ごすわけですから時として露骨な感情も出てくる。決して美しいものではありません。
 仲間からいろいろ言われたときは切なかった。神経はずたずたになりましたよ。でも雄大な山を見ると忘れちゃうんです。それにしてもそんなごちゃごちゃした中で決断を迫られる隊長の毅然とした態度には本当に感心しました。それにひきかえ私は八方美人。それまで自分の意見を言う事はあまりなかったのですが、それを機にはっきり発言しようと決意しました。


【8月25日()木曜日】C

女子登攀クラブが次に目指したのは世界中のアルピニストがあこがれるエベレストだった。
 ただクラブ内にはすごく戸惑いがありました。まだ1シーズンに1隊しかエベレストに登れない時代。国家的事業で億単位の経費が必要といわれていましたから。私自身がそのときに準備できるお金といえば百十万円の退職金だけ。とてもお話にならない。何とか企業に援助を、と二人一組で丸の内周辺を回る事になりました。
 訪ねると病院の待合室のようなところに入れられるんです.呼ばれて部屋に入って計画書を見せると「女だけで本当にいけると思ってるんですか」と聞かれる。「エッ、子供がいるの。それならそんなことするより家庭をしっかり守りなさい」という人もいましたよ。
 それでも最後に「おそらく不可能でしょうね。でも折角だからお見舞金という形で1万円出します」なんていわれるとすごく惨めで。もう本当にめげましたね。
 結局、新聞社とテレビ局が後援してくれることなり、総予算を4,300万円に切り詰め、15人の隊員が150万円ずつ自己負担することになりました。とにかくできることは節約しかありません。コップは大きいとたくさんついでしまうので小さいものにしよう、とかトイレットペーパーは1回40cmにしようとか、まさに女性ならではの工夫でした。
 予算、装備とも貧弱な状態での挑戦。途中、登頂が絶望視されるアクシデントにも見舞われた。
 第二キャンプで就寝中、巨大な雪崩がキャンプ地を襲ったのです。まるで大津波。私達のテントでは5人が寝ていたのですが、ドッドーッというものすごい音がした直後、まったく身動きができなくなりました。
 そのうち息が苦しくなり、目の前がオレンジ色になりました。二人の子供の顔が浮かび、「ああ、残念だけれどこうやって死んでいくのか」と観念しましたね。「エベレスト登山史上最大の遭難」という新聞記事を家族はどんな気持ちで読むのだろうか、と薄れ行く意識の中で考えました。
 幸いシェルパのテントが無事だったのでまもなく掘り起こされましたが、無理やり引っ張り出されたので筋肉が伸びて2日間立ち上がれなかった。ベースキャンプにいた隊長は「とにかく下りてきて」といいましたが、隊員はパニック状態でしたし、ここで下りたら退却しかない、とあのときは私の「下りない」という意見を通しました。 
 国際婦人年の1975年5月16日登頂。快挙に沸きあがる周囲の反応に戸惑いを感じた。
 第六キャンプを出て6時間40分後、頂上にたどり着いたときは感激というより、「もう登らなくてもいいんだ」というのが正直な気持ちでした。それに「あの怖いところを下らなければいけないのか」という不安もよぎりましたね。
 私は登攀隊長で、誰かを登頂させるため最後までサポートするのが使命だと思い、自分自身が登頂するんだ、という気持ちはありませんでした。ただ、アンナプルナV峰のときとは違い、千メートル以上も標高が高いと疲労感も段違いなんです。隊員は高山病でばたばた倒れていく。隊内の雰囲気は「誰か登ってよ。頼むから」という感じでした。私が最終的に登頂したのは高山病に少しだけ強かったからでしょうね。
 帰国後は、予想をはるかに越えて大騒ぎでした。私達は好きで山に登ってきただけ。何かを発見したわけでも発明したわけでもない。だから面映い感じでした。しかも15人全員でやりとげたのに、登頂した私だけにスポットライトが当たって心苦しかったですね。





50周年記念事業への寄付お願い(平成17年4月9日)

                                 

ご挨拶

                                       平成17年4月9日
OB・OG各位
                50周年記念事業への寄付お願い

                           関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
                                         OB会 会長         松谷 元夫
                                         OB会 幹事長        長坂 正通
                                         50周年記念事業委員長   畑  拓夫

拝啓    
時下益々ご清栄の事とお慶び申し上げます。平素はKGWVの活動にご指導、ご支援を頂き厚く御礼申し上げます。
さて昨年の遭難事故以来一年が経過しました。それ以降 学院、活動拠点の戸隠、更に社会に対して信頼される関学ワンダーフォーゲルとしての在るべき姿を求めて、OB会役員の補強と運営の見直し、情報発信の強化、現役部員との連携・監督との一体化等々の改善策を順次進めております。
信頼を取り戻す道は厳しいと考えますが、皆さんのご支援と助言を頂いて 我々のワンゲルを新しい軌道に乗せるべく、役員一同努めておりますので宜しくお願い申し上げます。
このような中、我が部は本年9月に創部50年を迎えます。この機会に半世紀50年の足跡を噛み締め、感謝するとともに、50年の歴史を踏まえて更にワンゲルが60年〜80年を経て創部100年を目指すことを祈念したいと思います。
既にご案内しております様に、50周年記念事業は平成15年3月に委員会を立上げ、「記念式典とパーティ」「KGWV50年史の発行」「記念山行の実施」「社会貢献活動の検討」をテーマに12回の会合を持ち検討を進めて参りました。   (詳細は別添をご覧願います)
これにかかる費用についてですが、「記念式典とパーティ」は当日の会費で、「記念山行」「社会貢献」もご参加頂いた方々のボランテイアで行う予定であります。
一方、「KGWV50年史の発行」は50周年記念事業の中で最も重要な位置付けであり、KGWV半世紀の歴史をその時々の時代に反映させ、座談会、寄稿、主将メモを入れ、今後のワンゲルのあり方を示唆する内容をも含む 総頁数350〜400の大部な刊行書であります。この年史は会員の皆さんには是非お読み頂きたいと存じますので全員にお渡しする様に考えております。又関係大学クラブ、山岳機関等々にもお届けする予定をしております。
 つきましては50年史編纂発行費用として約310万円が見込まれております、50年史発行の意義、趣旨をご理解戴き、厳しい状況下ではありますが格別のご配慮を賜ります様宜しくお願い申し上げます。
尚、50周年の記念式典とパーティでございますが、平成18年2月18日(土)午後、学院ランバス・関学会館を予約致しましたので、ご予定下さいます様お願い申し上げます。
                            (正式のご案内は9月以降にお届け致します)
                                                                  敬具

                              記
        御願いする金額     一口10.000円(何口でも結構です)
        振込先           郵便口座 NO 00980-5-13485
                            関学大学体育会 ワンダーフオーゲル部 OB会
                             (同封の払込取扱票をご利用下さい)
        振込み期日        平成17年7月末迄にお願いします
                                                                 以上


ご挨拶   寄付御礼           2005年8月31日

                                       2005年8月31日
             様

                       関西学院大学体育会ワンダーフォーゲル部
                          OB会会長           松谷元夫
                          OB会幹事長          長坂正通
                          50周年記念事業委員長   畑 拓夫


拝啓

時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、このたびはKGWV創部50周年記念事業の一環であります「50年史」発行に関する募金趣意書を送付させていただきましたところ、本趣旨にご賛同を賜るとともに、早速多大なご寄付を頂き有難く厚く御礼申し上げます。

お寄せいただきましたご厚志に報いるよう、皆様が共感を持つて読んで頂ける「50年史」を目指して一層の取り組みを行う所存で御座いますので、今後とも引き続きご指導・ご協力を賜ります様お願い申し上げます。

尚「50年史」作成状況は、現在のところ順調に進行しており、来年2月18日の記念式典日までにはお手元にお届け致す予定で御座います。

それでは貴殿のますますのご健勝とご発展をお祈り申し上げ、略儀ながら書中をもつて御礼申し上げます。

                                                              敬具

追記:領収書をご希望の方は、50周年委員会加川(S47)迄ご連絡下さい。
     メール:kagw−kei@nifty.com TEL:0745-76-2738
                  

添付書類         50周年記念事業の概略


(A)記念事業
  1. 部史「KGWV50年史」の発行                 (記念誌作成部会)
  2. 記念山行の企画実行                      (記念山行部会)
  3. 我々が中心となつて行う事の出来る社会貢献の検討   (社会貢献部会)
  4. 記念式典の実施                         (記念式典部会)
              (記念行事委員の人数は22名)

(B)各事業の活動状況

 1. KGWV50年史
  ・内容構成案  以下の1〜7章にて構成。50年の歴史を網羅した350〜400頁に上る大作
    第1章 「通史」
     草創期(S30〜34)、拡大期(山小屋建設S35〜43)、多様化時代(学園紛争S44〜61)、
     少数個性化時代(S62〜H7)、 女子の台頭(H8〜)
   第2章 「スキー史」
     KGWVの特色である山スキー史をたどる
   第3章 「若き日の山」
     過去の合宿・PWからユニークで斬新な企画10編程度を取り上げて、誌上再現をする
   第4章 「山なみ遥かに」
     学生時代の登山、卒業後の胸に秘めた思い出の山々等の特集
   第5章 「想う」
     ワンゲルとの関わりで忘れ難い思い出、現在の生活に結びついている話を随筆風に語つて
     もらうOB寄稿集
   第6章 「年表」
     学年毎の合宿記録や写真等50年の歩みをビジュアルに編集した`目で追う年史`
   第7章 「山小屋建設史」
     心のふるさと戸隠山小屋建設に関する総集編

  概算費用
   印刷・用紙・製本関係費・函代                        2.250.000円
   諸経費    蓙談会費(04/3・6月 05/2月の三回)            300.000円
   宮田先生インタビュー(04/10月、会場費、撮影費等)            100.000円
   取材費(交通費、宿泊費等)                           100.000円
   通信費、コピー費                                  80.000円
   本発送費 (600円×450冊)                           270.000円
     合計                                      3.100.000円 


 2. 記念山行 
    (1)多年次層のOB・OG、関係者が参加出来る 
    (2)ワンゲル活動原点に根ざす活動 
    (3)事故後でもあり経済的にも身の丈に合うこと
   を念頭に置き、母校の立地する兵庫県の自然を探索しその良さを世間に知らしめることは有意義
   であるという結論に至った。
    具体的内容としては鳥取・岡山と隣接する西県境と京都・大阪と隣接する東県境の合計400km上
   にある約120ヶ所の峠越えと1000〜1500m級の山々への登山を組み合わせ、多くの参加者を得られ
   るような山行企画内容とした。 

  (記念山行の完了には数年を見込んでおります)
     04年10月30日   氷ノ山でキックオフ   参加27名
     05年 2月 5日   天引峠から深山     参加8名
     3月 5日   氷ノ山から戸倉峠    参加2名
   今後の予定
     4月2日    真尾鼻から帆坂峠            9 月   千種の山稜を歩く
     4月中旬    三室山(兵庫県第二位の山)      10月    高竜寺ケ岳
     5月中旬    後山(岡山県の最高峰)         11月    扇ノ山
     6月中旬    丹波の里山縦走             12月    播磨高原
     7月       武蔵の歩いた峠巡り       06年 1月    能勢の妙見山(初詣)
     8月       コウノトリの峠を巡る
                (今後の計画には家族同伴で楽しめるハイキング的山行も含めます)


3. 社会貢献
    マスタリーフォーサービスの精神にのっとりKGWVの経験や技術を生かし自然をフィールドとした
    社会貢献活動のあり方を検討している。
     検討内容:特に今後はKGWVのOB会も自由な時間を活用できるシニア層が増加傾向にあり、
            その能力を生かした社会貢献には十分期待できると考える。その為にはどのような
            社会的ミッションを持つべきか、どのような活動内容や運営方法が適切かを検討し
            ている。
     スケジュールとして、第一段階は社会貢献部会が音頭をとつてハイキング会を立ち上げたい。
     ハイキング会はKGWVの家族やその関係者を対象とした自然逍遥活動を目的としている。
     その活動をしながら、今後の発展的方向を定める。


4. 式典とパーティ
   年月日   06年2月18日(土) 午後
   場所    学院のランバスと関学会館を確保
   内容    委員会にて検討中です、要望がございましたらご連絡ください。
                                                        以上


                        


  

   50周年記念事業の概略について  
                 ホームページの開設によせて(平成17年1月)
 
                            委員長 畑 拓夫 

 50周年記念事業委員会は、創部50周年記念事業の実施を目的として、渓声クラブ理事会のもとに設置され、現在総勢22名の委員により活動を行っております。この度OB会ホームページが開設されました機会に、その活動状況を以下ご報告しOB諸兄姉の今後より一層のご指導ご協力を賜りたく宜しくお願い申し上げます。
ミヤマダイコンソウとチングルマ

(A)現在までの経緯  

我部は1955年(S30)9月に創部され、来る2005年(H16)に50周年を迎える。それを受け、2002年秋よりOB会常任幹事会内にて検討作業に入り、2003年4月末より正式に記念事業委員会がスタートした。スタートにあたり、事業の具体的内容として下記のテーマに絞って推進検討する事を決定した。尚50周年記念行事の実行は05年9月〜06年3月の間に行う事とした。
部史「KGWV50年史」の発行 記念誌作成部会
記念山行の企画実行 記念山行部会
我々が中心となつて行う事の出来る社会貢献の検討 社会貢献部会
記念式典の実施 記念式典部会



(B)各事業の活動状況
  
  1. KGWV50年史
    【内容構成案】
     以下の1〜7章にて構成。50年の歴史を網羅した三百数十頁に上る大作。

第一章 「通史」 草創期(S30~34)、拡大期(山小屋建設S35〜43)、多様化時代(学園紛争S44〜61)、少数個性化時代(S62〜H7)、女子の台頭(H8〜)
第二章 「スキー史」 KGWVの特色である山スキー史をたどる
第三章 「若き日の山」 過去の合宿・PWからユニークで斬新な企画10編程度を取り上げて、誌上再現をする。
第四章 「山なみ遥かに」 学生時代の登山、卒業後の胸に秘めた思い出の山々等の特集。
第5章 「想う」 ワンゲルとの関わりで忘れ難い思い出、現在の生活に結びついている話を随筆風に語つてもらうOB寄稿集。
第六章 「年表」 学年毎の合宿記録や写真等50年の歩みをビジュアルに編集した ”目で追う年史”。
第七章 「山小屋建設史」 心のふるさと戸隠山小屋建設に関する総集編。

    【スケジュール】
      04年3月〜05年春:座談会開催、原稿依頼並びに作成
      05年春〜05年末 :編集・製本完了


  2. 記念山行

企画趣旨 50周年の記念山行活動を企画するにあたり
  (1)老若男女なるべく多くの関係者が参加出来る内容
  (2)事故後でもあり経済的にも身の丈に合うこと、
を念頭に置いた結果この機会に母校の立地する兵庫県の自然を探索しその良さを世間に知らしめる事は有意義であるという結論に至った。具体的内容としては鳥取・岡山と隣接する西県境と京都・大阪と隣接する東県境の合計400km上にある約120ヶ所の峠越えと1000〜1500m級の山々への登山を組み合わせて、なるべく多くの参加者を得られるような山行企画内容でもって呼びかけを行いたい。
スケジュール 04年秋〜05年の間に行う。尚この活動のスタートに際し過日、県境最高峰氷ノ山にてキックオフ登山をOB・現役有志にて行つた。
「氷ノ山」登山 兵庫県境踏査活動のキックオフ登山と懇親会を10月30日、OB21名(内女子3名)・現役6名(内女子1名)の計27名参加にて行った。当日天気は曇り、登山口を9:55スタートし13:35氷ノ山頂上着、昼食後下山15:55登山口帰着。その後、ハチ高原のロツジにて入浴並びに懇親会を行い久方ぶりの交友を暖めた。

  

  3. 社会貢献

マスタリィーフォーサービスの精神にのっとりKGWVの経験や技術を生かし自然をフィールドとした社会貢献活動のあり方を検討している。
検討内容 特に今後はKGWVのOB会も自由な時間を活用できるシニアー層が増加傾向にあり、その能力を生かした社会貢献には十分期待できると考える。その為にはどのような社会的ミッションを持つべきか、どのような活動内容や運営方法が適切かを検討している。
スケジュール 第一段階は社会貢献部会が音頭をとつてハイキング会を立ち上げたい。ハイキング会はKGWVの家族やその関係者を対象とした自然逍遥活動を目的としている。その活動をしながら今後の発展的方向を定める。
 

  4. 式典:(時期)06年2月、(場所)関学会館、(形式)テーブル着席。


(C)予算関係
  1. 予算額
     50年史   : 270万円(1千部印刷製本230万+座談会5回25万+取材費15万)
     山行    :  60万円(資料調査代10万+報告書作成費50万)
     社会貢献 :  当面ナシ
     式典    : 170万円(200名前後を見込む)
         (合計)500万円

  2. 募金活動
     05年よりOB会常任幹事会を中心として、OB会員対象に上記金額の募金活動をスタートする。
     内容詳細については後日連絡予定。
                                                            
                                                                 以上

   「兵庫県境踏査」の意義について      
                                   松田喨平


■KGWVのふるさと
 戸隠がKGWVの「心のふるさと」或いは「第2のふるさと」である事に誰も異議を唱える人は居ないでしょう。
そうするとKGWVの「本当のふるさと」もしくは「第1のふるさと」はどこだろう?と考えると、トレシャツの汗臭い匂いと青臭い議論の渦巻いていた「上ヶ原の部室」そして関西学院の立地する「兵庫県」になるのではないでしょうか。

■ふるさと兵庫再発見
 戸隠がKGWVの春夏秋冬の活動の場として、昭和38年の戸隠山小屋の建設と共に日の当る存在となってきたのに対して、「兵庫県」は六甲山と千刈以外、KGWVの活動の場として来ませんでした。
否、KGWVは全く「兵庫県」を知ろうとせず、無視してきた様に思います。
しかし、1000m級の山々50座を有し、京都北山、比良、鈴鹿に勝るとも劣らない兵庫の山々をもう少し真剣に見直しても良いのではないだろうか?と思い当たるに至りました。

■加藤文太郎
 兵庫県が生んだ不世出の単独行者、加藤文太郎が「兵庫アルプス」と呼んで春夏秋冬歩き回った岡山・鳥取県境の山々。70〜80年も前に日本アルプスの冬季単独縦走や横断を成し遂げた巨人を生んだ兵庫の山岳。
標高こそ1500mが最高ではあるが、積雪の多さは上越や加越に劣らず、草創期からスキー場を育んできた兵庫の山々を、我々「兵庫の関西学院」が県境や峠を跋渉する事によってその良さを世間に知らしめる事は有意義な事ではないでしょうか。

■京の都と地方を繋ぐ峠----知的好奇心----
 京都・大阪側の県境は、標高は800m以下であるが「京の都」と但馬、因幡を結ぶ蜘蛛の巣のような峠群(約70ヶ所)には歴史の名残を今に残す峠も数多く在ります。
人為的に決められた県境と、自然が作った峠は人々の暮しにどの様に関わって来たのでしょうか? 今でも県境を越えて双方向の人的な交流は有るのでしょうか? 栄える峠と廃る峠の差は何なのでしょうか?
こんな文化的側面を考えるのもWV活動であったのではないでしょうか。
更に言うと、京都・大阪の兵庫県境を完全踏査した記録はありません。
我々が踏査すれば、<初踏査>という事になります。
<別掲>
(1)兵庫の1000m峰リスト (2)兵庫県境の峠リスト (3)県境と峠の関係及び役割

■以上が、外的な県境踏査の意義とするならば、内的なKGWVとしての県境踏査の意義について考えてみましょう。

■KGWV−OB会の財政の逼迫
 OB会費の支払率はほぼ60%程度で年間120万〜140万円しか集まりません。
KGWV創立40周年や山小屋40周年等のイベントは殆どOBの寄付で賄われています。
海外遠征等の企画もありましたが、最低でも1000万円は必要と考えられます。
大長山事故のOB寄付金が700万円。
次代の55周年、60周年の飛躍に向けて、今は身の丈に合う活動を考える必要があるのではないでしょうか?

■WV活動とは
 WV活動は非常に幅の広いアウトドア活動であり、これが真のWV活動であると断言はできませんが、最近の現役活動を望見するに、山岳部の消長に伴い、WV部がそのフィールドを侵食(侵略)している様に思えるのですが如何なものでしょうか?
勿論、WV活動は時代の変遷に伴い変化、変質して行く物であるが一度、立止まって考え直して見る必要はないでしょうか?

■OB(会)と現役の関係
 矛盾を恐れず、敢えて言わせて貰えば、若者(≒現役)は「大きな夢」を持つべきです。
大人(オトナ≒OB)はその夢の実現の為に、蔭になり日向になって支援すると言うのが
体育会系クラブのOB会の責務ではないでしょうか。
その為には双方が考え方や夢を話合い、共有できる場が必要です。
支援してもらっていると言う感謝と尊敬。
見守ってやらねばならないと言う慈愛と責任。
これらをWV活動の実行を通じて深め合う機会、これを県境踏査で実感・体感して戴きたいと思います。
                                      以上
                         文責:山行部会 松田(S43卒)




 50周年記念事業委員会 議事録


50周年記念事業委員会は2003年4月末より正式にスタートし、以来2004年秋までに9回にわたって委員会を開催して参りました。この間約1年半の検討結果は
  ●「50周年記念事業の概略について」       
          ・・・ホームページの開設によせて(平成17年1月)・・・
及び
  ●「50周年記念事業への寄付お願い」の添付資料
             ・・・50周年記念事業の概略
(平成17年4月9日)・・・
のなかで委員長 畑 拓夫 が取り纏め報告しております。
        (=従って第9回までの委員会議事録掲載は省略させていただきます)

以下、第10回委員会(2004年12月4日)以降の議事録を掲載致しますのでご参照お願いいたします。

第15回50周年委員会議事録(2005.11.5)     
                      矢野精一 記

50周年委員会議事録

日時場所 05年11月5日(土) 13:30〜17:00、昭文堂印刷会議室
出 席 者 清水、松谷、高岡、長坂、重松、林、畑、矢野、加川、慶山、三好、遠藤、 和田、宮田(現役)、高山(現役)
議題と審議内容
A) 記念式典
配布資料に基づき、記念式典に向けてのスケジュール、記念式典式次第、当日の役割分担について、説明がなされた。
記念式典案内状の原案に基づき、記載内容について審議し、案内状案文を決定した。
KGAA会長、体育会各部への招待状を出すことについて審議し、次の通り決定した。KGAAは会長1名のみに招待状を出す。体育会各部への招待状は出さないこととした。(多く出席されたら受入が出来ないため)
懇親会の出席予想人員、収支予想について説明がなされた
留年あるいは家庭の都合等での途中退部者について、出席を希望する人を参加させたらどうか。という提案があった。審議の結果、現状出席予想人員からすると会場が満杯なので、12/15の参加申込の状況をみて検討することとした。
また、OB・OGの家族、遺族についても、今回は、参加を認めないこととした。
以前、式典会費の事前振込み者に対して、会費を割り引くなどの特典を設けてはどうかという提案があったが、特典は設けないこととした。
記念品については、集合写真を記念品として考えている。(雨天の場合は無)
田部井さんの色紙などを記念品としてはどうかの意見があり、審議の結果、田部井さんに何かグッズ的なものはないか確認することになった。。
B) 各部会報告
1.50年史:
奥付、発行部数等について審議、次の通り決定した
@ 奥付について
 発行年月日:2006年1月1日、編者及び発行者:関西学院大学体育会ワンダー フォーゲル部五十周年記念事業委員会とし、大学の電話番号は削除する。
 また、英字表示は原稿どおりとする。
A 印刷部数    800部
B 記念誌発送日  06年1月13日
C 本の価格表示  値段をいれない。
発刊に当たっての挨拶状を作成して、記念誌に同封することに決定した
記念誌費用寄付者の周知については、50周年記念事業終了後の収支報告をする
 時点で寄付者リストを作成、報告することにした。
2.社会貢献
10月30日(日)仁川ピクニックセンターでちびっ子ハイクを実施した。50数名参加者があった。ちびっ子達がイキイキしているのを見て良かったなあと思っている。
ちびっ子ハイクのアンケート結果について報告があった
次回は、50周年記念式典の懇親会で大いに宣伝し、4月頃の実施を考えている。
3.記念山行
来年1月までの3回充実したものにしたい、以降も近畿の山を中心として山行を継続してゆくので、参加をよろしくお願いしますとの報告があった。
11月以降の山行予定は11月12日(土)、12月10日(土)、1月については、14日(土)か21日(土)を考えている。
次回委員会  06年1月7日(土)13:30〜  場所後報。


第14回  50周年委員会議事録  2005.09.03

50周年委員会(9月3日)議事録

(1) 日時/場所 '05年9月3日 13:30〜16:30 昭文堂会議室
(2) 出席者 清水、松谷、高岡、長坂、広瀬、重松、松田、林、畑、加川、慶山、三好、宮田、高山、 渡辺、
(3) 議事内容
A) 募金状況報告
8月末現在募金受け入れ実績は226人より3675千円入金となり、目標額3440千円をクリアーした。尚、募金礼状は226名に対し9月3日に発送済み。
B) 式典部会・式典内容提案
受け付け   14:00〜
祈念礼拝   14:30〜15:00 ランバス礼拝堂
総会      15:15〜16:15 大學講堂
記念講演   16:30〜17:45 大學講堂(田部井淳子氏)
懇親会     18:00〜19:30 関学会館
以上の行事骨子に基づき、なるべくシンプルに又OB・現役等仲間内の50周年祝賀感情を重視した内容をコンセプトとした内容にする。詳細は今後式典部会を中心に検討して行く。尚、参加者数は200名を超過することが予想されている。
C) 社会貢献部会
10月30日にKGWVファミリーハイク会・ちびっ子ハイクを行う。場所は仁川ピクセン。9月10日頃までに近畿在住OB宛案内状送付予定。
D) 山行部会・今後の山行予定
9月17日 京都府県境 高竜寺ヶ岳へ
10月15日 岡山県境 長義山へ
E) 50年史部会
総頁約570頁、1000部作成、年末くらいに完成目標としている。
表装案を3案提案、いずれも有名デザイナーによる良い案にて甲乙つけがたしの為年史部会と出版社とで今後協議検討し表装を決定する。

                                   以上      記  畑 拓夫


第13回50周年委員会議事録   2005.07.23

第13回50周年委員会議事録 

日時・場所 2005年07月23日(土)、10:30〜12:30。 昭文堂印刷会議室
2
出席者 清水、松谷、高岡、松浦、長坂、重松、林、畑、矢野、加川、慶山、三好
宮田(現役主将)、佐野(現役)
3
議題と
 審議内容
A) 募金の状況報告
7/20現在、目標金額 3,440K¥に対し、185名 総額3,225K¥の受入状況である。
今後の募金予想を各学年ごとにあたり、目標額をクリアーできる見込みであることを確認した。
募金期限の7月末以降も式典の参加人数に関係してくるので、未募金者に積極的に 働きかけていく。
募金者に対するの礼状については、8月下旬に送付予定。
B) 各部会報告
1 .50年史
来週で出すべき原稿はすべて出し終える。頁数は400〜450頁になる見込み
本の色とか体裁は次回の50周年委員会で審議決定する。
50年史は、各OB/OGには、来年の1月末発送を予定している。
これ以外の 送付先については、各学年の思いなどもあるので、8月初旬に代議員を通じて照会 し、8月末までに取纏める。(照会状担当:清水、取纏め担当:加川) 送付先としては、  
  @関学(体育会・先生)、
  A戸隠、
  B事故関係、
  C連盟、
  D公式合宿先、
  E山岳関係機関、
  F出版社、
  Gマスコミ、
  H官庁関係 
が考えられるが、@の関学関係以外について照会することにした。
記念山行




添付資料により現在までの記念山行の実施状況について報告。
8月は盆休み等があるのでお休みし、9月17日または24日に第9回記念山行を考え  ている。
課題は参加人数が少ないこと、また参加者が固定していることである。
今後の方向としては、山に絞って、無理のないところを選定してやって行きたい。
また、来年の2月までは月1回のペースでやって行きたい。
社会貢献
6/25(土)仁川ピクニックセンターの下見をしてきた。
7/14現役と打ち合わせ 一緒にやりたい旨を相談した。
実施日は現役が参加できる10/30(日)を第1候補にしている。
プログラムの内容は、現役と打ち合わせをして行きながら決めて行きたい。
今後、子供の参加とOBの人員確保のため、PRしていく必要がある。周知方法 として、OB会ホームページのトップに掲載。8月初旬発送予定の50年史送付先照会と一緒に案内文を同封。メールでPR.。などを実施していく。
記念式典
今までは募金に力をいれてきたが、めどが立ったので、式典のなかみについては これから(8月)考えていく。
遠方からこられるOBのため、式典当日の宿泊施設として、スポーツセンターを確保する予定。
10月末に式典関係の案内を会員全員に送付予定。
次回委員会   05年9月3日(土)13:30〜  昭文堂印刷会議室

                                以上  文責  矢野聖一




第12回50周年委員会議事録(2005年5月21日)

第12回50周年委員会議事録(2005年5月21日)

日時・場所 05年5月21日(土) 13:30〜16:00 昭文堂印刷会議室
出席者 清水、松谷、高岡、竹本、廣瀬、重松、林、畑、矢野、加川、三好、遠藤、
宮田(主将)、飯田(主務)、高山(副将)
議事と 
 審議内容
(A) 各部会報告
(1)50年史
年史の巻末に掲載する年表、宮田先生との座談会の原稿は既に印刷会社に渡し済。
6月4日に原稿の80%を中西印刷へ出稿する。また、印刷会社と話し合いのうえ、手付金として50〜60万円を振り込む予定
7月からは初稿の校正、同時並行して写真の整理をしていく。
(2)記念山行
県境付近の自然をめぐる楽しい山行となるよう当初方針を変更して実施している。
現在までの記念山行の実施状況について報告、今後も月1回のペースで実施して行く。6月は、11日(土)丹波松茸山の縦走を予定している。
記念山行の課題はいかにして多数の方に参加していただくかである。
山行スケジュールの決定が遅いので、出来るだけ早く(2ケ月前位)決めるようにして欲しいとの要望・意見があり、今後努力していくこととした。
現役には、宮田主将にスケジュールを連絡し、都合のつく部員に参加してもらうようにする。
(3)社会貢献                                           
ワンゲルOBの子供、孫を対象として、10月に仁川ピクニックセンターで社会貢献事業を実施の予定。昼食はバーベキュー、グループ別けをして五感ゲームなどをして楽しむ。
昼食・ゲーム後の片付、帰途の関学道ゴミ拾いをコンセプトに計画している。  
子供、孫を通じてOB相互間の交流が図れたら幸いである。             
(4)記念式典  特になし                                    
(B)募金の状況について
募金金額が横並び傾向になっており、当初予定していた金額より少ない状況である
現在入金状況の悪い平成年代に対する募金手法については、別途マニュアルを作って現役と打ち合わせをする。                                 
6月の募金受入状況を見て、その後の対策を考えていく。                
(C)その他
創部学年(32.33.34年卒)の皆さんが検討していただいたKGWV50周年史の表題「青春のふみあと踏跡」について審議。この表題に重きをおいて今後考えていくことにした
次回委員会 5年7月23日(土)10:30〜  昭文堂印刷会議室。





第11回50周年委員会議事録(2005年2月26日)

第11回50周年委員会議事録(2005年2月26日)

日時・場所 05年02月26日(土) 13:30〜17:00 、関学梅田キャンパス。
出席者 清水、高岡、松谷、長坂、広瀬、重松、松田、林、矢野、畑、三好、和田。
議題と
 審議内容
(A)募金について
基本的方針として、山行と社会貢献の費用は原則参加者負担、又式典とパーティは会費収入にて賄い、残る記念誌費用約300万円を募金するべく以下の結論となつた。
(1)スケジュール
*05年3月、全OBに対し募金依頼文を郵送。並びに代議員会にて口頭説明と依頼
*05年6月、第一回集金期日
*05年9月、最終集金期日
(2)募金方法
*ダイレクトメール(郵送)
*学年幹事ルート
*個人的つながりの活用
*現役による集金活動
*多額寄付者へのメリットを出す
(3)募金チーム組織
*募金チームリーダー:重松、
*サブリーダー     :林、
*チーム員       :OB会全役員、50周年委員、現役
(4)今後3月一杯の予定
*3月26日代議員会にて50周年委員会進捗と募金依頼説明を行う。
*3月26日代議員会後16:00からKG梅田キャンバスにて第一回募金会議開催。
*それまでに募金依頼文を作成し(清水委員に作成お願い済み)、振込み用紙を同封して全OBに郵送する。
(B)式典・パーティの開催日時場所について
前回の会議では06年2月25日(土)と報告しましたが、関学より高等部行事のため変更要請があり以下の如く変更します。
  @ 日時:06年2月18日(土)14:00〜19:00
  A 場所:ランバス礼拝堂(14:00〜15:00)、関学会館(14:00〜19:00)
以上の期日をターゲットとして、6月頃より式典パーティ案内活動をスタートさせる。
(C)各部会報告
(1)山行=この1年間の活動計画を以下とする。
04年 10月31日 氷ノ山キックオフ登山
12月05日 鉄古山と宝山
05年 02月05日  雪の笹原と雑木林の県境歩き(天引峠〜深山)  
3月 兵庫の雪山をすべる(氷ノ山〜戸倉峠)
4月上 瀬戸内海を背に藪をこぐ(真尾鼻〜帆坂峠)
4月中 残雪を踏んで兵庫第二の山へ(三室山)
5月中 筍を採りながら岡山県最高峰へ(後山)
6月 マツタケ山縦走( )
7月 武蔵の歩いた峠めぐり( )
8月 コウノトリの峠を巡る(豊岡〜タントウ町)
9月 千種の丘陵を歩く(駒の尾山〜峰越峠)
10月 北の弧峰をめぐる(高竜寺ヶ岳)
   11月 兵庫の深奥部へ( )
12月 別荘地の山を行く( )
06年 1月 開運招福初詣の山歩き(能勢妙見山)
(2)50年史
06年2月発行を目標に現在ワーク中。尚、本日は平成年代OBの座談会と女子OGの座談会を慶山記念誌部会長の主催で開催している。
(3)社会貢献    
種々の資料を検討中。
(4)式典
前述の如く、06年2月18日にてランバス礼拝堂と関学会館を予約済み。



第10回50周年記念事業委員会(2004.12.04)

第10回50周年記念事業委員会(2004.12.04)


1.日 時   2004年12月4日(土)13:00〜17:00
2.場 所   昭文堂印刷 会議室
3.出席者   清水、高岡、重松、松田、林、畑、矢野、加川、慶山、三好、遠藤、岡井(光) 和田
       松谷、長坂、広瀬、平松
        議事に先立ち畑委員長より、先日の代議員会で50周年事業資金の調達に
       ついて問題提起され、常任幹事会と検討することになったので、松谷会長、
       長坂幹事長、広瀬幹事、平松幹事の4氏に出席して頂いている旨を報告。
4.議 事  (1)事業資金の調達について
       (畑)事業委員会で検討した事業予算規模650万円(記念誌300万、山行
          150万、記念式典200万)の概要について説明。 
       (長坂)事業委員会より事業資金(650万円)の調達について、常任幹事会
           に依頼があったと受け止めている。OB会員に納得してもらうには
           各事業の何にお金がかかるのか、資金の使途を明確にしておくこ
           とが大切。

        各事業の委員から事業の概要を報告。
        ■記念式典関係 
        (重松)現時点での計画の概要を報告。
        (平松)記念式典の参考として、過去に実施した40周年記念事業、山小
            屋40周年事業などの出席者数、会費の設定、OB宛案内の状況
            等ついて説明。
         いろいろな意見、討議を経て課題は
         OBに是非参加しようと思わせるような工夫と企画内容の検討。
         記念式典実施日は第1案 06年2月18日(土)、第2案 2月25日(土)

■記念山行関係
(松田)計画の概要を報告。
主な意見は次の通り

議論の結果、山行については、楽しい山行になるよう方向転換をする。

■ 記念誌関係
(慶山)編集の内容について報告。
 予算は、270万円(印刷製本230万円+座談会40万円)
 検討課題:記念誌の題名の決定
      配布先等を明確にして、印刷部数の決定 等
       
      (2)事業資金予算
 事業資金予算は、式典関係170万、記念山行60万、記念誌270万の
合計500万円。.
 なお、事業資金の調達は600万円を目標にして、使用資金は500万円
 とする。

      (3)社会貢献(NPO)事業の状況報告
(清水)NPOメンバーでハイキング会を何らかの形で立ち上げたい。
    スタートはホームページの立ち上げにあわせたい。
    ステップバイステップでこつこつ積み上げていく。等
                                      以上

■次回事業委員会
    日時:2005年2月26日(土)13:00〜
    場所:関学大阪梅田キャンパス(アプロ−ズタワ−14F)