開運・紹福 初詣の山歩き(2006.01.21)
北摂の高岳から冬枯れの県境を歩く(2005.12.10)
紅葉の千種の山稜を歩く(2005.11.12)
県北の山頂から日本海を眺めながら山を語ろう!2005.09.17
武蔵の歩いた峠を巡る!!  2005・07・09
丹波の里山(マツタケ山縦走)!! 2005.06.11
スズ筍を採りながら岡山県の最高欧へ(後山)!!2005・05.14
残雪踏んで兵庫第2位の山へ(三室山1358m )!! 2005.04.23
瀬戸内海を背に藪を漕ぐ(真尾鼻〜帆坂峠)!! 2005.04.02
兵庫の雪山を滑る(氷ノ山〜戸倉峠)  2005.03.05
笹原と雑木林の兵庫県境を歩く  2005.02.05
50周年記念事業キックオフ「氷ノ山」登山 2004.10.30
改めて「兵庫県境踏査」の意義について 2004.10.30

 記念山行記録集

2004年10月31日、兵庫県の最高峰氷ノ山へのキックオフ登山を皮切りに概ね2年間をかけて兵庫県境の山々を駆け巡ろうと計画し、実行中です。 山行記録はその都度ページトップに掲載して行きますが、同時にトップから下ろした記事を記録としてここに残します。 
                          

記念山行 開運・紹福 初詣の山歩き(2006.01.21)

1月度 記念山行報告    
開運・紹福 初詣の山歩き、妙見山「御火焚き祭大法要」で甘酒をいただく

妙見山のお火焚き


記念山行 開運・紹福 初詣の山歩き

実施日 平成18年1月21日(土)
コース 能勢電鉄妙見口〜黒川(ケーブル駅横)〜大堂越〜妙見山〜上杉尾根(府県境尾根)〜黒川〜能勢電鉄妙見口
天 候
参加者 松浦(S35年)、竹本(S39年)、角野(S39年)、中島(S39年)、松村(S39年)、松田(S43年)、藤本(S43年)夫妻、田中(S43年)、畑(S45年)、三好(S51年)、遠藤(S53年)、和田(S54年)、小山(H10年)、阪本(現3年)
行動記録
10:15  能勢電鉄妙見口駅に集合。
 数日前には、寒風吹きすさび雪が舞う天候を予想していたが、予想外に風もなく雪もない。薄日の差す曇り空である。「雪を期待しとったのに残念やなあ。」の声が聞かれる。
 今回の参加者は、15名。一昨年11月のキックオフ登山氷ノ山に次ぐ人数である。
 松田先輩から、全員の紹介をしていただく。常連にまじり、昨年体調を崩され今回参加いただけるまでに回復された松浦先輩や、奥さんと御一緒に参加いただいた藤本先輩、初参加の田中先輩、小山君、現役の阪本君が紹介される。
10:20  出発。
 今回は、距離が短く、手頃なハイキングコースであるため、体力に合わせ各々のペースで頂上を目指す。 妙見ケーブル黒川駅の左横を通り、大堂越コースを頂上へと向かう。途中、道端に祠のような石組みの跡がある。何かを祀った祠か、炭焼窪の跡だろうかと話し合う。今回見落としたのは残念であったが、この辺りには、怪物が両手を拡げて突っ立ったような奇妙な形をしたクヌギ、台場クヌギの群生地であると聞く。台場クヌギとは、樹幹の根元から伐採するのではなく、地上1〜2メートルの高さで伐採し、そこから出る萌芽枝の伐採を繰り返すことによって主幹部分が異様に太くなったものだそうだ。萌芽枝を鹿等の食害から守ると同時に、下草に覆われることもなく日当たりが良いため成長も早いという。里山に暮らしてきた先人達の知恵であろう。このクヌギは、地元で良質な木炭の原木として利用され、茶道に適した一庫炭(菊炭)になると聞く。とすれば、この石組みは、やはり和田君の説の炭焼窪跡が正解であろうか。
11:15  大堂越着。ここで府県境界と合流する。府県境を東へ歩き、大阪湾が一望できる展望台を通過する。あの甲山も、懐かしい姿で望まれる。
11:50   山頂駐車場に到着。
 本日は駐車場横で「御火焚き祭大法要」が行われており、盛大な焚き火にあたりながら、有難い振舞い甘酒をいただく。星をかたどった「星嶺」という会館の横を通り抜けると、山門に「府県境」との立札がある。この山門が、大阪と兵庫の府県境を分けているのである。本殿に参拝し、本年の開運紹福をお願いする。ここは、日蓮宗関西随一の霊場であると松浦先輩から教えていただく。
 本殿前の休憩所をお借りし、全員で昼食とする。 本殿のすぐ上が山頂になっており、三角点がある。ここの付近には、大阪府下では珍しいブナの林が見られ、大阪府指定の天然記念物になっているそうだ。
13:00  頂上出発。
 山頂駐車場を横切り、上杉尾根を下る。このコースは、府県境でもあり、稜線展望コースとしてよく整備されている。自然林が美しくとても気持ちの良いコースである。それぞれのペースで下る。
14:15 能勢電鉄妙見口駅に到着。
 さっそく駅前の料理旅館で、新年会に移る。開始直後にS45年卒矢野先輩が、途中からH6年卒倉本君も、駆け付けていただいた。昨年来体調を崩されていた松浦先輩が、今回無事回復されて参加いただけたことや、藤本先輩が元KGWV部員だった奥さんと一緒に参加いただいたこと、初参加の田中先輩や小山君にも来ていただいたことなど、今回は色々と嬉しいことがあった。現役で一人参加してくれた阪本君は、昨年の西日本に続き、今年は東日本縦断の自転車PWを計画しているとのこと。想像力を生かした活動を大いに応援したい。老若男女、歳は違えど皆ワンダラーである。大いに話しが弾んだ。
17:00頃 散会。

 


大堂越への登り

府県境を分ける山門





記念山行 北摂の高岳から冬枯れの県境を歩く(2005.12.10)
                   記 三好 英実

12月度記念山行報告(12月10日)
新雪の中、北摂の高岳から冬枯れの県境を歩く

奥山山頂にて


記念山行 北摂の高岳から冬枯れの県境を歩く

実施日 平成17年12月10日(土)
コース 奥猪名健康の郷〜大谷〜高岳〜奥山〜泉郷峠〜奥猪名健康の郷
天 候 晴/曇
参加者
山行の部 福島(35年卒)、竹本(39年卒)、中島(39年卒)、松村(39年卒)、三好(51年卒)、遠藤(53年卒)、和田(54年卒)、宮田(現4年)、佐野(現4年)
宿泊の部 清水(32年卒)、福島(35年卒)、竹本(39年卒)、中島(39年卒)、松村(39年卒)、広瀬(39年卒)、松田(43年卒)、三好(51年卒)、遠藤(53年卒)、和田(54年卒)
行動記録
 9:00 兵庫県立奥猪名健康の郷に集合。

集合場所に近づくにつれ、車道脇に雪が増えていくのは予想外であったが、風もなく、天候は晴れ。申し分のない登山日和である。阪神間から近いのに、この付近には思いがけず数センチの積雪がある。ラッキーな贈り物をもらったような気分である。

一旦県道12号線に出て、大谷川沿いに集落の中を上流に向かって登って行く。ここは猪名川町の最奥部、摂津と丹波の境に位置する山里である。細々とした流れの大谷川は、兵庫と大阪の府県境を縫って大阪湾に注ぐ一級河川猪名川の源流部である。

大谷川堰堤への入口からは、完全に雪道歩きとなる。スパッツで足元を固めた和田君が先頭を歩き、なぜか運動靴の現役二人が続く。関西電力の送電線巡視路に沿って、大谷沿いに雑木林の中を登って行く。鹿と猪の蹄の跡が縦横に走っている。狩猟時期でもあるので、目立つ服装をするなどの細心の注意が必要な時期である。送電線の下をくぐり、10:12府県境稜線に出る。
10:12 ここから府県境稜線に沿って南下する。吹き溜まりでは、25センチを越える積雪があり、ちょっとした雪山気分が楽しめる。このあたりは、北摂随一ともいわれる雑木林や笹原の美しい所であるが、今日は、久しぶりに雪を踏みしめる感触を味わいながら歩く。
11:05 高岳(720.8m)着。
頂上には、三等三角点がある。赤松やナラ、クヌギ等の雑木が遮り、眺望はきかない。
マジックインクで「高岳」と書かれた弁当の透明なパックの蓋が木に架けられているのが、唯一の「標識」である。「北摂の高岳」という派手な山名にしては、素朴な山である。
11:12 もと来た道をしばらく戻り、府県境稜線を北上する。 大谷の源頭部を過ぎるあたりから、府県境稜線は、やや道が荒れてくる。

稜線の大阪府側に、高さ1m弱の黒いネットが延々と張られている。鹿除けの目的なのだろうか?それにしては高さが低過ぎるのでは?などと話しながら行く。遠くで猟銃の音が聞こえたような気がした。この付近は、猪や鹿の格好の猟場でもあるそうだ。これから向かう泉郷峠の先は、丹波篠山(篠山市)である。デカンショ節に、「雪がチラチラ丹波の宿に〜ヨイヨイ〜猪が飛び込むぼたん鍋〜」という歌詞があるが、猪のほうから飛び込んでくるほど頭数が多いというたとえであろう。
12:00 府県境稜線が、西へ大きく方向を変えるところで昼食とする。
現役の二人は、運動靴でのラッセル、さすがに足が冷たそうだ。
麓の阪神間ではまったく考えられない雪の多さに、兵庫県境700m峰の奥の深さを見たとは少々大げさな言い方ではあるが、参加されたOBの方々も同感ではないだろうか。この付近は、稜線が不明瞭で読図が本当に難しいところだ。効率よく歩こうとして、GPSについ頼りがちになってしまう。12:20出発
12:40 杉生山と標識のある小さなピークを過ぎ、しばらく歩くと踏み跡が消える。一旦、すぐ下を走る林道を1qほど歩き、再び府県境稜線に入り西へ進む。
13:25 猪名川町杉生と能勢町天王を結ぶ峠に着く。昔は往来が多かったであろうと思われる趣のある峠であるが、名称は不明である。ここから、奥山への約90mの急登が始まる。最年長の福島先輩を先頭に、急な雪の斜面をビブラム底で圧雪し、ステップを切って一歩一歩登る。

OBにはかなり登り応えがあるが、現役の二名は談笑しながら、さすがに余裕である。途中、手造りの山小屋の横を通る。足場用の鉄パイプを組んで造られている。こんな斜面によく建てたものだと感心する。
13:48 奥山(654.8m)着。三等三角点がある。これがなければ、どこがピークかわからない広いところである。やはり雑木に囲まれ眺望はきかない。奥山から約500m西に歩いた所で、府県境稜線から離れ、真西へ雑木林の中を進む。最後は、急な坂を雑木につかまりながら、滑り降りるように下るのは、童心の戻るような面白さがある。
14:15

泉郷峠着。ここは、猪名川町杉生から篠山市の篭坊温泉に通じる峠である。車道に腰を下ろして、竹本先輩に入れていただいたコーヒーを飲んでいると、猪名川町側から越えて来た車が1台、峠から北の篠山側の路面を真っ白に覆う雪に、諦めてUターンして戻って行った。ここから車道を歩いて下り、15:00ごろ出発地でもある奥猪名健康の郷に到着した。

早速、今夜の宿泊場所である奥猪名健康の郷の温泉(鉱泉)に飛び込むと、松田先輩が遠く関東から既に先着されていた。

清水(32年卒)、広瀬(39年卒)諸先輩も相次いで到着され、持ち寄った濁り酒、焼酎、ビールなどを囲み、夕食は冬の山里の味覚ぼたん鍋に舌鼓を打ち、夜更けまでクラブや山の話に花が咲いた。
 翌朝は、朝食のあと、快適なロッジでゆっくりとくつろぎ、9時ごろ解散した。

雪の県府境尾根を行く1

雪の県府境尾根を行く2

奥猪名健康の里に集合

奥山山頂にて

高岳山頂にて

高岳から雪の笹原を行く



11月度記念山行報告
             紅葉の千種の山稜を歩く(2005.11.12)

11月度記念山行記録
報告書をぞうぞ

11月度記念山行報告
             紅葉の千種の山稜を歩く(2005.11.12)

山行日 平成17年11月12日(土)
コース
 タイム
駒ノ尾登山口09:45---10:25ダルガ峰(ちくさス大海里谷10:35---キー場西側の高原)---11:15ちくさスキー場リフト終点-11:25---12:00(昼食)12:25ー-13:10長義山13:20---13:40峰越峠13:55---14:25三県境(兵庫・岡山・鳥取)14:30---14:40江浪峠14:45---14:55三県境15:00---15:25峰越峠15:30---15:45ちくさ高原温泉
<注>下線部分が兵庫県境です。
天候 曇り時々晴れ後晴れ
参加者 福島/S35 竹本/S39 角野/S39 中島/S39 松村/S39 三好/S51 遠藤/S53 和田/S54 松田/S43(記録)
行動記録
大阪市内はとても良い天気だったのに、待合せの三田駅に着くと黒い雲が空を覆い、又も雨かと心配になる。
三好さんの車に福島・和田・松田が便乗して集合場所の道の駅ちくさに向かう。福崎を越えた辺りで山本さん(S49=OG)から三好さんに電話があり、「差し入れを持って山崎ICで待っています」との事。本当に有難い。本来なら一緒に行ける筈なのに用事で大阪に行かれるとの事。御好意を有難く頂戴する。
9;00 道の駅ちくさに到着する。単身、姫路から参加の遠藤さんが既着。少し遅れると連絡のあったシルバー隊のメンバーも10分遅れで到着。
9:30 駒ノ尾登山口に着く。竹本先輩の「雨男、天気は大丈夫か!」の言葉に自信をなくしつつも、準備をする。駐車場には我々の車だけで、今日も静かな山歩きが楽しめそうだ。
9:45 福島先輩のトップで歩き始める。前回(5月14日)は大海里谷までゆっくりと2ピッチで登ったのだが、福島先輩の早い事、強い事。初めは皆、無駄口を叩いていたが、付いて行くのに精一杯。全員、息を弾ませ無言の行進。
10:25 前回より20分早く大海里谷に着いた。聞けば福島先輩は9月に易老渡から聖岳を日帰りピストンされているとの事。この付近は岡山側の杉だけが見事に薙倒されており、自然の威力と不思議さを目の当たりにする。ここからは数メートル岡山側に入った稜線直下の中国自然歩道を歩く。道は所々、倒木で遮断されているが左手に那岐山方面を垣間見ながら歩く。数十メートルの登りをこなすと左に緩く傾斜しながら台地を広げるダルガ峰の東端に達し、GPSで県境にルートを戻して平らな森の中を進むと右手が明るくなり、ちくさスキー場の最高点に到達した。(11:15)
リフトの降り場で小休止する。雲が少なくなり、空は明るさを増してきつつある。何とか"雨男"の謗りを免れそうである。ここからスキー場の中を少し下り、ゲレンデが右に屈曲する辺りから県境に戻る。
広葉樹に杉などが混ざる混交林である。県境の小尾根の西側に地図に無い林道があり、その又下に舗装の新しい林道が見える。県境と林道を二手に分かれて歩いてゆくと林道が突然消え、崖になっている。
無理をせずに新しい舗装林道で岡山県側を歩き、峰越峠に出て昼食にしようと安易な事を考え、50mほど斜面を降りたが、林道の矩面が切れ落ちて下れない。竹本先輩が「せめて長義山を越えて峰越峠までは県境を歩こう」と私の軽はずみな行動を諌め、元の県境付近に戻って昼食にしようと提案してくださった。
12:00 地形図の県境上の・1081mと・1035mの中間点で昼食とし、山本さん差入れの宍粟フォレストビールで喉を潤し、山菜おこわに舌鼓を打つ。
12:25 GPSで県境上での正確な位置を確認して歩き出す。地形図上では広い尾根しか記載がないが数メートルの襞状の尾根が何本か派生しており、言訳でなく、読図だけでは位置の特定は難しい。約20分で長義山南の鞍部に達した。ここは大きなヌタ場になっており、我々に気づいた数頭の鹿が蹄の音を残してアッと言う間に走り去った。幅の広がった尾根をダラダラと登り、最後は微かな踏み跡の残る急登になる。
13:10 人手が加わったような大岩の塊を過ぎると3等三角点のある長義山頂上で、誰がどうしてと思うような5m位の木の上に赤布が付いている。ここから県境は左方向に伸びているが末端部が切通しの崖になっているので県境を外れて"漁業の森"として植林を進めている防護策に沿って国道に降りた。東屋のある旧道の峰越峠まではほんの5分。
13:40 東屋でコーヒータイムを取る。ここから県境は"中国自然歩道"となり、岡山県が"吉井川源流探索の道"と称する杉とブナ等の混交林になる。小さなアップダウンはあるが歩き易い道である。この辺の杉は「芦生杉」と言われる物で、雪に強い種類だそうで、ブナは杉に風が当たらない様にする為だと聞いた事がある。
14:25 兵庫・岡山・鳥取の3県境に到達する。ここから岡山・鳥取県境は大分水嶺となって若杉原生林に続くが、兵庫県境は右の笹薮に消えている。取敢えず、藪の中の微かな踏み跡を辿って"地蔵様"のある江浪峠に向かう。3県境から約10分で藪の中の"地蔵様(昭和8年建立・西河内・田中と読めた)"に到着。全員で記念撮影。これで後山から江浪峠まで踏査できた。

 


記念山行 県北の山頂から日本海を眺めながら山を語ろう!(2005.09.17)

9月度記念山行報告 9月17日) 
県北の山頂から日本海を眺めながら山を語ろう!詳細はこちらを

高竜寺ケ岳頂上にて

記念山行 県北の山頂から日本海を眺めながら山を語ろう!

実施日 平成17年9月17日(土)
コース たんたんトンネル京都府側〜尉ヶ畑峠〜高竜寺ヶ岳〜高竜寺集落登山口
天 候 快晴
参加者 松田(43年卒)、林(44年卒)、広岡(49年卒)、三好(51年卒)、遠藤(53年卒)、
榮木(現役4年)、大西(現役2年)
行動記録 本日は、秋晴れ。絶好の登山日和である。
 午前 9時 OB5名、現役2名が、川崎や奈良等から遠路はるばるJR篠山口駅西口に集合した車2台に分乗して、残暑の残る丹波路を北上する。
前々回、5月の記念山行で訪ねた際には、早苗だった水田も、はや取り入れを終え、季節の移ろいが実感される。丹波から遠阪トンネルを抜け但馬へ、そしてたんたんトンネルを抜ければ丹後地方である。兵庫県境とはいえ、アプローチは、意外と長い。「兵庫県は広い!篠山の近辺かと思ったのに、こんなに遠い山だったとは!」というのが参加者大方の感想である。
   11時 豊岡市(旧但東町)からたんたんトンネルを京丹後市(旧久美浜町)へ抜けたところの空地に駐車する。身支度を整え、11時8分、歩き始める。
林道から、よく踏まれた登山道を歩き、11時30分ごろ、尉ヶ畑峠着。今でこそ、登山者がたまに訪れる程度だが、かつては、但東町と久美浜を結ぶこの峠道は、人々の生活道路として頻繁に利用されていたのだろう。「休み石」という名の格好の腰掛石が、往時を偲ばせる。
尉ヶ畑峠から少し林道を西に歩き、頂上へと向かう県境沿いの登山道へと入る。道は良く整備され、家族連れにも適したハイキングコースである。
林道の脇に猪のヌタ場らしき水溜りを見つける。猪が自ら溝を堰き止めて水を溜め、転げ回って泥浴びをしたのだろう。付近の草は泥だらけである。
ブナが点在する雑木林の中を登る。
12時25分 高竜寺ヶ岳(697m)着。
頂上にちょうど手頃な東屋がある。早速、弁当を広げビールで乾杯する。
東に大江山、西に蘇武岳、南に東・西床ノ尾山と重畳たる但馬の山並が続く。そして北を向けば、久美浜湾が目と鼻の先である。
40年に及ぶ人工飼育を経て、いよいよ今月24日にコウノトリの放鳥が実施される豊岡盆地もすぐ西側である。この付近の野山にも、コウノトリがその優美な姿を見せる日も近いかもしれない。夢広がるこの記念すべき時期に、50周年記念山行ができたことを嬉しくに思う。

現役の2人を交えてのランチタイム。松田さんのトークは、今日は特に快調である。昨年来の活動自粛が解け、現役諸君も合宿にパーワンにと意欲的に活動しているようである。世代は違えど、われわれOBも現役時代には今の現役と同じようなことを考え、行動してきたのである。真摯な活動は、本当に心強い。
本日参加してくれた榮木(4年)、大西(2年)の両君は、勉学にも意欲を持っているようであり、大変頼もしく思えた。若いこの時期に、将来の目標に向かって着実に力を蓄えて欲しいものだ。生活に疲れ気味のOBである私は、エールを送ると同時に、少し活力をもらったような気がした。

頂上には、ムギワラトンボ(アキアカネ)が、この時とばかりに飛び交っていた。短い秋を謳歌しているのだろう。
14時ごろ 頂上出発。
林さんに、出発地点に戻り下山地点まで車を回送していただく無理をお願いし、あとの6人は県境尾根を西に歩き、豊岡市(旧但東町)高竜寺集落へ下山することとする。
急な坂を下り、15時3分、産魂神社前の登山口に着いた。
ちょうどその時、林さんの車が実にタイミングよく到着した。
林さん、お言葉に甘えてすみませんでした。

帰り道、美容に良いといわれる正法寺にあるシルク温泉につかり、篠山口への帰路についた。 

、                                                   三好(51年)記
                          

高竜寺ケ岳への県境尾根     高竜寺ケ岳頂上の東屋にて
   




記念山行   武蔵の歩いた峠を巡る           2005.07.09


森林浴の森 日本100選


記念山行 武蔵の歩いた峠を巡る
                                                記 三好 英実

実施日 平成17年7月9日(土)
コース 峰越峠〜3県(兵庫・岡山・鳥取)境界〜若杉峠〜若杉天然林〜峰越峠
天 候
参加者 松田(43年卒)、三好(51年卒)、和田(54年卒)
行動記録
午前8時 JR姫路駅南側に集合した時には、今にも降り出しそうな空模様である。
そこで、予定していた天児屋「タタラ」見学、志引峠(武蔵の山牢見学)、日名倉山散歩、大原/武蔵の里(生家・旧跡見学)をとり止め、本降りになる前に県境だけでも歩こうということになり、計画を変更する。
今回は、三室山、後山に続く3回目の千種入りである。やや通い慣れた道を走り、10時10分、峰越峠に着く。東屋の脇に車を止める。ここから、兵庫・岡山県境を北に歩く。若杉峠へと続く県境の稜線は、中国自然歩道として整備されており、晴れれば、快適なハイキングコースであろう。
徐々に霧雨が本降りへと変わってくる。
10時50分 3県(兵庫・岡山・鳥取)境界点着。
携帯したGPSが、緯度35度14分、経度134度24分、高度1115mを指している。
兵庫県境を巡るこの度の50周年記念山行で、3府県の境界点に立つのは、2度しかない。1度目は、本年2月5日の深山山行の兵庫・大阪・京都の3府県境界点であり、今回が2度目である。
ここから、兵庫・鳥取県境を東に進むと江浪峠は近いが、踏み跡はやや不明瞭である。雨中の藪漕ぎは想定外で、本日は敬遠とする。ここで、進路を北西にとり、若杉峠を目差し兵庫・岡山県境を縦走する。
ブナの大木が見事である。見上げると苔むした木姿は、さながら森の王者である。見事な枝振りの先端部は、雨に煙って見えないほどである。
歩を進めると、目の前を野兎が横切り、ヒキガエルが鎮座する。カジカガエルが跳ね、イモリが散歩する。30センチもあるかと思われる大ミミズがくねっていたのには驚いた。
ふかふかとした腐葉土の森は、多様な生き物を育み、雨水を溜めて流水を調節する「緑のダム」としての大役をはたしているそうである。
先頭に立った和田君は、さすが現役の市民ランナーだけあってペースが速い。
雨の中を歩くと、かつて見たような風景が次々と現れる。現役時代に悲壮な思いで歩いた訓練合宿の京都北山か、比良か、はたまた頚城か。どこにでも在りそうな日本の山の風景である。雨中山行は、吹雪の雪山と並んで自分たちが学んできた山行の原点のような気がする。歳を忘れ自然と気合が入る。
11時35分 若杉峠着。
ここは、美作(岡山)と因幡(鳥取)を結ぶ要路であったとのこと。脇に地蔵尊が祀られている。昔は峠を往来する旅人たちを、現在は登山者たちの安全を静かに見守っておられる。
すぐ上の東屋で昼食とする。吹き降りとなってきた。しかしこの時期にしては涼しい。
12時 若杉天然林へと下る。
若杉天然林は、氷ノ山後山那岐山国定公園内にあり、標高約1100mに位置する吉野川の源流部にあり、樹齢200年を超える天然樹木に覆われた大変美しいところである。
散策路も整備され、とてもここが兵庫県の境とは思えないなどと話しながら下る。まるで戸隠の森林植物園を歩いているような感覚を覚えた。
先頭の松田さんが、小さな沢でイワナの姿を発見される。降り出した雨に、イワナも大はしゃぎなのだろう。こんな天気には、よく釣れるそうだ。立て札を見ると、ここ吉野川の源流部は、岡山県内では唯一のイワナの生息地とのこと。松田さんは、かつて単身赴任時代には、ここをホームグラウンドとする渓流師であり、ここのイワナには特に愛着を持っておられるようだ。ここのイワナは、信州近辺のものより、おっとりとした丸っこい顔つきをしているそうである。  
12時35分 若杉休憩舎着。
真新しく立派な東屋で一息入れる。
雨足の強まる中、車道、林道を歩き、13時30分振り出しの峰越峠に戻る。
帰り道、千種高原・ラドンの湯に寄り、ゆったりと貸し切り状態の温泉につかり、姫路への帰路についた。

ブナの大木を仰ぐ3

森林浴の森 日本100選

ブナの大木を仰ぐ 2

兵庫/鳥取県境を行く

ブナの大木を仰ぐ 1

若杉天然林を行く





記念山行 丹波の里山(マツタケ山縦走)   2005.06.11

6/11の記念山行は雨にも拘らず、11人の参加があり、所定の親不知〜クロイシ山〜鴨内峠〜五台山を完歩して来ました。縦走組(長い)とピークハント組(短い)に分かれて、京都・兵庫県境(一部は日本の大分水嶺)にKGWVの足跡を印しました。

その後は竹本先輩の大テント2張の恩恵に預かり、焼肉、サラダ、圧力鍋御飯、酒・酒・酒・・・で談論風発でした。竹本先輩の「魔法の車」からはドラえもんの様に何でも出てきます。有難うございました。

私と畑さん、林さんは18時30分に帰りましたが、8人はキャンプを楽しまれました。

参加者
  ■縦走組(親不知〜クロイシ〜鴨内峠)
     福島(S35)、中島・角野(S39)、三好(S51)、和田(S54)
  ■ピークハント組(鴨内峠〜五台山)
     竹本・松村(S39)、林(S44)、畑(S45)、久保田(S46)、松田(S43)
                                         
                                                  以上  松田 記 

大杉谷キャンプ場にて テント設営


【縦走班】

実施日 平成17年6月11日(土)
コース 大杉ダムキャンプ場〜親不知〜クロイシ山〜鴨内峠〜鴨阪〜大杉ダムキャンプ場
天 候 小雨のち曇
参加者 福島(35年卒)、角野(39年卒)、中島憲(39年卒)、三好(51年卒)、和田(54年卒)
行動記録
12:07 大杉ダムキャンプ場にテントを設営し昼食を済ませた頃には、既に雨は上がっていた。朝の雨に出鼻をくじかれ、「今日はデーキャンプで宴会やな。」と言っていたメンバーも、俄然やる気が出てきた。それではということで、予定どおりの縦走班とピークハント班の2班に分かれ、12:07出発。
縦走班5名は、キャンプ場から東側の尾根の登山道を登る。いきなり急登である。雨はほぼ上がっているものの、水蒸気が立ち込めているため湿度が高い。しかし、この時期にしては涼しいため、ペースは快調である。
「松茸山につき9月15日から11月14日まで入山禁止」のたて看板がある。
赤松と雑木の混生林は、今では数少なくなったマツタケ産地なのであろう。
12:55 京都府との県境稜線に出る。吹き抜ける風が心地よい。
13:10 親不知(604.5m)着。ガスで眺望はないが、昼食とする。
県境の縦走路は、切り開きがあって歩きやすいが、倒木に度々進路を阻まれる。
先頭を歩いておられた福島さんが、鹿を見つけられる。ヒューという笛のような泣き声が森に響く。母鹿が、この春に生まれた小鹿を呼び寄せる合図を送っているのであろうか。
14:45 クロイシ山(555.9m)着。ここから先は日本列島の中央分水嶺である。
15:00 鴨内峠着。ここから林道を下る。雨上がりのせいか、林道にはサワガニがたくさんいる。こんなに沢山いるのを見るのは、初めてである。「唐揚げにしたらうまいで!」とは言葉のみ。そこは心優しいワンダラーのこと。彼らに敬意を表しながら、踏み潰さないように細心の注意を払いながら下る。
15:15

弘法水の水汲み場着。うまい水でのどを潤す。ここまでは車が入るので、先着しているピークハント班の林先輩に車で迎えに来ていただく予定であったが、さて肝心の携帯電話が繋がらない。しかたなく、田植えのすんだ田園風景の中を、大杉ダムキャンプ場まで歩く。水田の早苗の上を吹き抜ける風が心地よく、懐かしくものどかな風景である。

16:18 大杉ダムキャンプ場着。予定より1時間早い到着である。
ピークハント班の6人と合流する。
山行のあと、キャンプを楽しむ
大杉ダムキャンプ場では、山のことやクラブのことなど、酒が進むほどに時の経つのも忘れて、話しが弾み、まさに論談風発です。松田、林、畑さんは、6時ごろ帰られましたが、8人はキャンプをしました。
ふと見上げると、さっき歩いた県境稜線に、三日月が一際明るく輝いてるのが印象的でした。
翌朝は、おじや、焼きそば、野菜スープ、サラダの朝食を、各々食器を抱えての、バイキング(配給)方式でいただきました。
竹本先輩のテントは、宿泊棟と食事棟が別棟になった大変大きなもので、実に快適そのものです。39年卒のシルバー隊の先輩方は、このテントをベースにして、20日間近くにも及ぶ山行をされているそうです。撤収作業は、まるで名人芸のように大量の装備類が、実にコパクトにワゴン車に収まり、午前8時さ散会しました。      
                       三好(51年)記


クロイシ山頂にて

親不知頂上にて

  

 【ピークハント組の記録】

コースタイム 大杉ダムキャンプ場1215→五台山登山口1230----1250鴨内峠1300----1330五台山1350----1400鴨内峠1410----1430登山口1440→1450大杉ダムキャンプ場
メンバー S39(竹本・松村)S44(林)S45(畑)S46(久保田)S43(松田)
行動記録
「雨だから中止かな」と思っていたら、三好君から「竹本先輩が行くだけ行こう。その後で考えよう、と言われています。」との電話。仕方ない、行くかと不肖不精決行を決断した。(竹本先輩、スミマセン。)
南方〜十三〜宝塚〜篠山口と乗継ぎ、篠山口には8時45分に着いた。大阪付近に比べるといくらか雨脚は弱い。
西口に行くと既に林君やシルバー隊の4人が着かれていた。程なく和田君と三好君が到着。福島先輩が遅れる事、久保田君が先行して現地に直行する事が分かり、福島先輩を林君に任せて大杉キャンプ場に向かう。
取敢えず雨凌ぎにテントを設営する。竹本先輩のテントはコールマンのベースキャンプ用で寝室用(6〜8人)と食堂用(10人)に分かれている。シルバー隊はこれで北海道20日間を8万円/人で抑えているのだそうだ。今年は東北、飯豊・朝日だそうである。
昼食を食べてから、ボクはウイスキーを舐めながらテントキーパーを希望したが小屋主である竹本氏と、最長老の福島氏の「山へ行こう」の声で縦走組とピークハント組に分かれて登る事にした。ボクは勿論、大分水嶺<鴨内峠〜五台山>の短時間(軟弱?)コースを選んだ。
本文(ここからが山の記録)
大杉ダムから10分ほどで、弘法大師像のある「五台山登山口」についた。弘法大師の足元から清水が湧き出ており、向かって右側には結構きれいな沢が流れている。沢からサワガニが無数に這出ており、一瞬「唐揚げにして夜の宴会のツマミにしたら好いな」と不埒な事を考えたが、そこは優しいKGWV,踏み潰さない様に注意深く歩く。鴨内峠までは杉の植林の急傾斜が続く。
鴨内峠の直下には古い地蔵尊があり、過去には市島〜青垣の婚姻交流が多かった事が帰されている。その証拠に鴨内峠はれっきとした"県道"の印である白地に青の町名表識がある。
汗ばんだ体には氷上町側からの冷たい雨風が心地よい。親不知からの縦走路は階段となって峠に下りている。峠からの道は「分水界の径(氷上高年登山会)」の標識があり、右側は「マツタケ山」、左側は雑木林である。広くなった緩やかな小径を30分ほど歩いたら、小広くなった五台山の頂上であった。ベンチや展望台、何本かの山頂標識板、弘法大師像などがある。
芝の山頂から道は更に大分水嶺を形成して小野塚山〜鷹取山〜五大山を経由して本州で最も低い大分水嶺「石生・水分れ公園」に繋がっている。15分ほど山頂の雰囲気を味わってから宴会への歩を進めた。誰にも会わない、静かな、6月らしい"しっとり"した山歩きであった。

                                             43年卒  松田 記


ピークハント組集合写真

県境稜線を行く



記念山行 駒ノ尾山〜後山[1345m]     
          ----スズ筍を採りながら岡山県の最高峰へ!!---- (2005.05.14) 

              記念山行 駒ノ尾山〜後山[1345m]     
                   ----スズ筍を採りながら岡山県の最高峰へ!!----  

山行日 2005年5月14日(土)
参加者 中島、角野、松村(以上S39)、林(44)、畑(45)、山本(49)、三好(51)、遠藤(53)
コースタイム 姫路0745→0900道の駅千種0930→松ノ木FC0945→0955駒ノ尾登山口1000------1055大海里1105---
ーー1140駒ノ尾山頂(昼食)1250----1335舟木山1350----1410後山1425----不動の滝1530----林道終点1540----1620松ノ木FC1635→1645駒ノ尾登山口1650→1700ちくさ高原温泉1740→1915姫路
記録 快晴である。

道の駅「ちくさ」周辺の若々しい緑が何者にも勝る「癒し」を与えて呉れる。畑さん、遠藤さんと共に、三好さんに姫路駅でピックアップしてもらい、9時には道の駅「ちくさ」に着いた。既に林さんが到着されていた。待つほども無く、S39シルバー隊の中島・角野・松村さんが到着された。最後に地元「宍粟市」在住の山本さんが到着されたので合計9人となった。

今日は「スズ筍を採りながら岡山県の最高峰へ」と言う企画である。加えて今回はそれをツマミにビールで乾杯しようと言う太い魂胆である。地元の山本さんが「フォレストピア宍粟ビール」を1ダース持参して下さった。当方で用意したビールは下山乾杯用にキープした。
 
車が4台なので、下山口の松ノ木フィッシングセンター横に2台置いて、残りの2台でちくさ高原スキー場下の駒ノ尾登山口に9時55分到着。いつもの様に定番の集合写真を撮って、10時に出発した。

駒ノ尾への登山道は2.5万図の池の横にあり、地図上の登山道より、緩やかに巻き気味に登って行く。周囲は杉林で、所々に雑木林が混ざる。道の駅で会った市会議員候補者は「針葉樹はアキマセン。これからは広葉樹です。」と話していた通り、登山道は昨年の台風で倒れた杉に何度も迂回を余儀なくされた。 予定通り、11時に大海里谷に着く。ここは中国自然歩道になっている。70年前の昭和10年前後に加藤文太郎が積雪期に何度か歩いた所でもある。

ここから駒ノ尾への登りに掛かるが道の両側にはスズタケが増えてくる。皆で下を向いて、筍採りに熱中する。我々の姿を見て単独行のオジサンも協力してくれ、駒ノ尾避難小屋に着いた時には食べきれない位であった。避難小屋で一旦県境を離れて右の駒ノ尾山頂に向かう。11時40分、山頂着。

標高1281mの駒ノ尾山頂にはストーンサークルの様に平らな石が30個ほど、同心円状に置かれている。まるでここで宴会をして下さいと言わんばかりである。 北に三室山から遠く氷ノ山、扇ノ山。東に植松山、南に舟木山と今日の最高峰、後山。西に遠く那岐山が見える。三ノ丸付近の白い円は雪田だろうか。 皆で皮を剥いたスズ筍を塩茹でし、地ビールで乾杯する。スズ筍はマヨネーズと山本さんお手製の蕗の薹味噌に付けて食べると最高である。 シルバー隊のメンバーから「俺達は山では酒は飲まない決りだ!」と言われ、酒ばかり飲んでいる当方は一瞬、返答に窮した。しかし、皆さん美味しそうに飲んでおられたので安心した。飲べえの私と遠藤さんは個人用に各々、ウイスキーとビールを担ぎ上げて来たが、後ろめたいので、皆にも飲んで頂くという心の広さ(?)である。楽しい山上宴会も12時50分でお開き。県境歩きに戻る。

天気が良いのに皆、下ばかり見て、土産用のスズ筍採りに夢中である。行きかう人も皆、ナイロン袋に筍を入れ、「コンチハ! 採れました?」が挨拶である。14時10分、西の大峰と言われ、近年まで女人禁制であった後山の山頂に着く。頂上の一部が伐採され、展望が効くようになっていた。

14時25分、頂上を後に急坂を下る。行者道と言う修験道コースも有るが、我々は勿論、一般コースである。結局、後山山頂から松ノ木フィッシングセンターまでで900m下る事になる。木々が陽を遮り、とても涼しい。不動の滝の下で林道に出る。ここは平成之大馬鹿門の一つ、オゴシキ山への登山口でもある。もう一方は西河内の村落を挟んだ空山に置かれている。
 
以外に長い林道に嫌になった頃、やっと松ノ木フィッシングセンターに着いた。 残しておいたビールで山行の無事を乾杯して、ちくさ温泉に向かう。スキー場の中の温泉は我々の貸切状態でゆっくり汗を流して、17時40分、それぞれの車に分乗して帰路についた。
                                                        (文責 松田)

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駒の尾頂上から東面を望む

駒の尾山頂付近から舟木山(手前)と後山

駒の尾山頂でスズ筍塩茹で中

後山山頂での集合写真



残雪踏んで兵庫第2位の山へ!!(三室山1358m) 2005.04.23

             記念山行 残雪踏んで兵庫第2位の山へ!!(三室山1358m )

実施日 平成17年4月23日(土)
コース 三室高原青少年野外活動センター 〜 三室山 (往復)
天 候 曇り
参加者 角野(39年卒)、松村(39年卒)、三好(51年卒)、遠藤(53年卒)、和田(54年卒)

三室山頂上

行動記録
09:15 道の駅ちくさ集合。 道の駅には、地元で採れた旬の山菜が安く売られている。タラの芽1パックが150円とか。遠藤さんは早速買ったようだが、私は帰り寄ればいいやと思いながら、結局買いそびれてしまった。惜しいことをした。車2台に分乗し、千種川からやがて河内川に沿って「播州の奥座敷」と称される山間部を北上する。
やがて前方に三角形のどっしりとした山が姿を現す。和田君は、インターネット上で何度もその姿を目にしているとかで、すぐに目指す三室山と教えてくれた。
09:40 三室高原青少年野外活動センター駐車場着。ここは県立の施設で、小学生の自然学校などの団体活動に適した広いキャンプ場である。身支度を整え、9:45発。
10:10 9:45発。林道を歩き、林道の終点にある簡易浄水場に10:10着。
ここに「頂上まで70分」と書かれた標識が立っている。ところが誰かが「100分かかる」と添え書きしている。この標識の時間を目安に登ったものの、大きく時間をオーバーした登山者が、後の登山者に注意を促すために一筆付記したものだろう。ちなみに昭文社のガイドブックには、1時間30分とある。我々はどのくらいかかるだろうかと話し合う。
杉の植林帯の中を、沢沿いに登る。松田先輩(S43年卒)のお話しでは、この付近の沢は、「兵庫ネイティブの岩魚の生息地」とのことであり、また、コマドリの生息地とも聞くので、いずれもそっとしておきたい所である。
標高を上げるにつれ、杉がヒノキの植林に変わり、やがてブナ、ミズナラ、楓等の自然林へと変化していく。小鳥のさえずりが清々しい。もしかしてコマドリの鳴き声か?などと思いながら歩く。こういうとき、植物や野鳥の知識があればと思う。
大岩を通過するあたりから、残雪もかなり見られるようになる。久々のキックステップの感覚が心地よい。
11:15 企画のタイトルどおり、「残雪を踏んで・・・」の登頂である。遠藤さんの振る舞いビールで乾杯する。
簡易浄水場から要した時間は65分である。問題の標識の70分を5分短縮したことになる。5人の合計年齢おおよそ275歳を思えば、上出来ではないだろうか。
頂上からは、まさに360度の眺望である。北に昨年秋のキックオフ登山と3月のスキー登山を行った氷ノ山が、南西には、次回5月14日に実施予定の後山が望まれる。
雪解けとともに、今まさに芽吹こうとする直前の力が、一帯の静けさの中にみなぎっているようだ。一見のどかな春の山ではあるが、植物が一斉に活動を始める直前の何とも言えない張り詰めた気配が、この季節の山の魅力ではないだろうか。
試しに、和田君と頂上から北への県境稜線を探ってみるが、猛烈な根曲り竹の藪であり、踏み跡らしきものはない。この付近の県境を縦走するとすれば、根曲り竹が雪に抑えられ、かつ気候が安定する3月頃の残雪期がベストであろう。スキーを駆使して、いつか挑みたいものだ。
山頂で昼食とし、GWや夏の山行計画に話題が及ぶ。北アのオートルート、鹿島槍、穂高、ダイヤモンドトレール、熊野古道と、みなさんそれぞれに計画を練っておられるようだ。中でも、39年卒の角野、松村先輩らシルバー隊の皆さんは、夏に20日間に及ぶ山行を計画されているとか。私にとっては夢のようなうらやましい計画であり、「今日は野を越え、明日山越えて・・・」と、現役時代によくうたった歌を思い出す。OBのワンゲル活動、健在なりである。
12:15 下山開始。
13:20 快調な足取りで、三室高原青少年野外活動センター駐車場へと下山した。

                                                 三好(S51年)記                                   


        三室山中腹にて

        三室山を目指す

       大岩付近

        頂上直下の残雪を踏む

瀬戸内海を背に藪を漕ぐ!! 2005.04.02

瀬戸内海を背に藪を漕ぐ!
! 
山行日 平成月日(土)
メンバー 三好(S51) 和田(S54) 松田(S43)
タイム 姫路07:45ーー→08:35日生駅08:40ーー→08:55片磯・古池間の峠09:10真尾鼻    09:30ーーー>10:10真尾鼻最高点10:15ーーー>10:15片磯・古池間の峠10:20ーー>△266.5m11:10ーーー >11:40粗朶山・片磯間の峠(昼食)12:10ーーー>12:35動物捕獲檻 13:15福浦峠13:20ーーー>14:35片磯・古池間の峠14:45ーー→15:40姫路 
本日の作戦 昼飯を買うコンビニが見当たらない。既に車は福浦峠を越えて岡山県に入った。 結局、日生駅前のコンビニでやっと食料を調達できた。 出だしから「想定外」の事態で、前途多難である。  今回は参加者が少なく、車が 台なので、どこに車を置くかが問題である。 初めは「福浦峠に車を置いてタクシーで真尾鼻近くに行こう。」と考えたが、さっきの状態ではタクシーなんか走っていない。またまた「想定外」の事態である。
 日生から深谷、片磯を経由して古池の県境の峠に車を置き、そこから真尾鼻に向かう。
 縦走して、駐車場所に出て、△266.6mを越えて朶山から片磯に出る破線道で一旦 駐車場所に戻る。それから福浦峠に車を回し、日生からタクシ−を呼んでそれで片磯に戻り、再度県境を歩いて福浦峠に至り、車を回収する。余裕があれば△313.2mを往復すると言うのが本日の作戦計画である。

縦走路を彩るフサアカシア
行動記録
08:40 日生駅前を真尾鼻に向けて出発。
海岸沿いの道を進むと「日生マリーナ」が右下に見える。山に入ろうと言うのに  マリーナとか海岸線を走ると言うのも不思議な気分である。片磯・古池の県境付近はバブル期に「別荘地」として売られたようで、数件の別荘が空家になって残骸を曝している。
09:10 山靴を履き、記念すべき第1歩を踏み出すが、スタートから下り坂である。
古池の集落に下り、海岸脇の塩釜神社を越すと小さな突堤がある。これを越えて渚を歩くのだが、「想定外」の幸運で干潮である。左手に鹿久居島を見て、小さな岩場やゴロタ石の渚を歩く。渚には結構、漂着物がある。
最も南と思われる岩に黄色のペンキで○印が描かれていた。三好君にGPSで確認して貰うと、確かに県境の「真尾鼻」である。時間は9時30分。
 高度計をゼロにセットし、「忠実に県境を歩こう」と三好君を先頭に急傾斜の藪に入る。 濃くは無いが、潮風に曲がった中低木のウバメガシ、ツツジ、桜、松がイバラを纏って行く手を阻む。木々の隙間に頭や肩を入れ、無理矢理進む。背の高い和田君は難儀である。汗が滴り、ズボンには茶色のササダニ(?)、振返ると瀬戸の海がある。
 約40分で、120mの真尾鼻の最高点。休憩して地面を見ると鹿やウサギの糞。 一段と下生えが高く、密になった斜面を漕いで北に斜面を下る。これから辿る稜線が 左前方に見えてる。  約30分で壊れた別荘が見え、駐車場所に戻る。早速、ダニはたきである。  続いて、△266.6mピークに取付く。有難い事に北東方向に一直線の防火帯がある。ほぼ直線で150mの直登。切り開きが有難い。約30分で△266.5mの肩に出た。
振返れば歩いてきた真尾鼻の稜線、西に日生の町と港、東に遠く赤穂の煙突。
急斜面を黄色いフサアカシヤの群生を目掛けて下る。西に進路を変え、朶山から片磯の破線道の峠に向かう。
11:40 5万図の破線と思われる所に着いたが、またまた「想定外」で全く道の形跡すらない。少し高みに登って道を探そうとしたが、木々が邪魔して俯瞰できず、結局、道は無いと断定。フサアカシヤに囲まれて昼食とする。座る前に注意するのは動物の糞。そこら中に残っている。
 昼食時に進路にについて話した。結局、このまま進んで福浦峠に出、そこから徒歩で車を回収に来ると言う結論に達した。
12:10 再度藪漕ぎに戻る。この辺は下草(羊歯・笹)が密集し、樹木も太く、倒木が増え、尾根も広いので注意を要する。動物の気配が益々濃厚になる。右に行ったり、左に行ったり楽な方を選びながらも忠実に県境を辿る。
40分ほど薮と苦闘していると少し踏み跡が見え、急に目の前に動物捕獲檻が現れた1.5m×1.5m×2mの巨大なものである。「日生町有害獣処理班」と書いてある。 何だか、気味悪くなる。熊はいないだろうが、猪の糞は沢山有った。
 檻を過ぎると標高点180m手前の鞍部である。見ると左手に林道が入ってきて終点になっている。 右の標高点180mの薮に向かうか、林道を取るか、しばし黙考。ここで先輩の私が「もう、エエやろ。」と、リーダーとして「安易」な結論を押付ける。当然、後輩の2人に否応は言わせない。 即決で、春風の吹く林道を東奥に向かう。
13:15 朝、車で通過した国道を福浦峠に戻り、しばし休憩。本来ならこの辺に出てくる筈と和田君がおどける写真を撮って駐車場所に向かう。
14:35 寺西で赤穂線を渉り、朶山、古土手、八軒屋、古池と赤穂市西南端の集落を辿って駐車場所の片磯・古池間の峠に14時35分に戻って、合計年齢160歳の薮漕ぎは終わった。
総括 反省する事(?)や「想定外の事」は多かったが、40年振りに味わう薮漕ぎはほんの少し     現役時代を偲ぶ事ができた。

                                                  松田(43年)記


          真尾鼻にて

              福浦峠にて

          防火帯の縦走路

鹿居島を背に防火帯を登る

                                                      






 兵庫の雪山を滑る(氷ノ山滑降)       2005.03.05 


西尾根ブナの森を行く


実施日 
平成17年3月5日(土)
予定コース わかさ氷ノ山スキー場 〜 二の丸 〜 氷ノ山(往復) 〜 戸倉峠 〜 新戸倉トンネル兵庫県側
実動コース わかさ氷ノ山スキー場 〜 二の丸(三の丸避難小屋)(撤退)〜わかさ氷ノ山スキー場
天 候  降雪・濃霧
参加者  三好(51年卒)、遠藤(53年卒)
行動記録 <
6:30 国道29号線「道の駅波賀」集合  昨晩の雪で、国道29号線には積雪あり、タイヤチェーンを巻いて進む。    
8:30 わかさ氷ノ山スキー場着。
8:40 樹氷第2パノラマリフトに乗るが、樹氷第三チャレンジリフトが準備中とのことで、乗り継ぎに30分以上待たされる。この間、遠藤氏からビーコンの講習を受ける。
9:35 樹氷第3チャレンジリフト終点着。ここは標高が約1,200mある。ここから、西尾根をシールで登り始めるが、斜度が急なうえに深雪であるため、斜面をジグザグに切り、潅木に引っ掛かりながらなんとか通過する。ヤセ尾根には雪庇が張り出しているため、兵庫県側をトラバースして進む。斜面が徐々に緩やかになり、ブナの森へと入っていく。ブナの大木の枝には霧氷の花が咲き、新雪が被い、幻想的で実に美しい所である。シール歩行には最高の舞台である。ブナの森を抜け県境尾根に近づくと、目標物のない大雪原となり、降雪と濃霧でスキーの一歩先が見えない白一色の世界(ホワイトアウト)となる。  
10:50 三の丸避難小屋着。小さな小屋であるが、こういう天候下では、本当に有難みがある。休憩していると、すぐ後から3人のボーダーが入ってきた。三の丸と氷ノ山間の稜線から、わかさ氷ノ山スキー場へ「わさび谷」を降るという。この「わさび谷コース」は、腕に覚えのある山スキーヤーやボーダーたちに知られた人気のコースのようだ。  氷ノ山頂上を往復することも考えたが、この悪天候下では危険を伴うと判断し、安全策を採って撤退することに決定する
11:25
                              三好(51年卒)記  


           三の丸避難小屋 1                       三の丸非難小屋 2


             西尾根通過                              西尾根のブナの森を行く




 笹原と雑木林の三府県境を歩く!!(深山791m )  2005.2.5

                    



■ 実施日 平成17年2月5日(土)
■ コース 天引峠〜満燈山〜船谷山(三府県境界)〜深山〜るり渓
■ 天 候 うす曇り
■ 参加者 
    竹本(39年卒)、角野(39年卒)、中島憲(39年卒)、松村(39年卒)
    林(44年卒)、畑(45年卒)、三好(51年卒)、和田(54年卒)
■ 行動記録 9:30JR篠山口駅東口集合。

 竹本先輩、林先輩の車に分譲し、天引峠に向かう。
10:20天引峠着。兵庫県篠山市から京都府園部町へ抜ける国道372号線は昨年トンネルが開通し、旧道の天引峠はほとんど利用されなくなっている。天引峠に駐車し、峠から僅か篠山寄りにある送電線巡視路から入山。数日前の寒波のせいで積雪が7〜8センチある。雪を踏んで登高は、適度な緊張感があり心地よい。
植生は、ナラ、クヌギ、松等の雑木林である。送電線の巡視路沿いに歩く。
10:45三角点(509.9m)着。
 三角点から踏み跡がやや分かりづらくなり、3〜4回支尾根に入りかけるが、その都度コースを修正しながら進む。コース上には、鹿とイタチであろうか、大小の足跡が点在し、なぜか県境のコース上をトレースしている。動物も県境の踏み跡を利用して移動するのであろうか。
 11:45満燈山着。昼食とする。竹本先輩からいただいた甘酒で温まる。
 12:15満燈山発。雪の稜線を進む。コース上の木には目印のテープが適度に張られており、見つけるとホットして心強い。
 満燈山を下り切った鞍部から少し進んだあたりで、本日の目標深山山頂が遠くに姿を現す。雨量観測用のアンテナが陽に輝いているのが印象的だ。だが、まだまだ遥か遠い。
 13:05船谷山(730m)着。三府県(兵庫、大阪、京都)境界点を示す標識がある。
ここから兵庫県境を離れ、大阪、京都府境を進む。深山が近づくにつれ、積雪が深くなり、10〜20センチはありそうである。
 13:30深山(791m)着。薄日が差し、はや早春の気配が感じられる。頂上には、深山宮神社と国土交通省の雨量観測所がある。360度の展望である。なだらかな北摂・丹波の山群にあって、多紀アルプスが際立つ山容を見せ、一昨年にOB山行が行われた剣尾山は、すぐ目の前である。
 山頂からの下山路は、雪を被ったなだらかな笹原を抜け、14:20るり渓登山口着。 
土曜日にもかかわらず、全行程を通し一人の登山者に会うこともなかった。
阪神間に近いにもかかわらず、兵庫県境には、このような自然のままの山がひっそりと佇んでいるのだ。
 下山後、全員ですぐ近くのるり渓温泉に入浴・歓談後、解散。
                                 三好(51年)記

 


    50周年記念事業キックオフ「氷ノ山」登山  (2004.10.30)
     県境踏査@----氷ノ山越〜三ノ丸避難小屋----


氷ノ山登山口にて

山行日  2004年10月30日(土)、天候曇り時々小雨
コースタイム
(最後部記録)
福定親水公園09:55----10:35地蔵堂1045----11:40氷ノ山越1150----仙谷分岐12:30--
 --1250氷ノ山13:35----13:55神大ヒュッテ14:05----14:30一の谷休憩所14:35--
 --15:10東尾根避難小屋15:15---15:45親水公園15:55---16:15アサヒロッジ(入浴・懇親)18:00解散
参加者名  S35 松浦邦和、 S36 長坂正通、 S37 木村隆義、 S39 竹本修・岡村重夫・角野公章・中林啓之    S43 重松和宏・藤本正文・松田喨平、 S44 林昭弘、 S45 畑拓夫、 S46 久保田祥二  
 S47 加川啓二、 S48 慶山充夫、 S49 岡井聖一・小滝洋子・阿部博香、 S51 三好英実  
 S53 遠藤博子、 S54 和田充弘 
 現役4年 竹田祐麻・石橋篤・仲裕輔・舩川昌之・渡辺啓二・大西真穂
記録  天気が心配だったが姫路からの車中では「大丈夫!」の確信に変わった。

 福定親水公園には加川君が最先着で、その後、続々とKGWVのOBが到着し、最後に現役を載せた岡井 監督が到着した。シルバー隊も元気だ。

 簡単なコース説明と人員確認場所を@地蔵堂A氷ノ山越B山頂と決めて三々五々歩き始める。      布滝辺りまでは皆元気だったが、不動滝手前でNS氏が引返す旨の意思表示。
 今年は紅葉が鮮やかでない分、滝の水量が多く、布滝・不動滝共に迫力がある。
 昭和7年3月20日、孤高の人「加藤文太郎」が仮眠した地蔵堂でシルバー隊等の高年層が一旦合流した
 地蔵堂からは杉林の暗い道を歩き、植生が広葉樹に変わると最後の水場である弘法清水だ。
 しかし水は少なく、すぐ上の方が水場としては良いな、等と考えていると先行隊の待つ氷ノ山越だった。
 古くから歩かれていた峠らしく、「旧伊勢道」の苔むした石柱が有るかと思えば、「因幡堂跡 須賀ノ山の  ルーツを探る会」の新しい石碑も建てられていた。須賀ノ山と言うからには鳥取県側の建立だろうが、確認 を忘れてしまった。 
  県境は北に赤倉山方面に明確に延びていた。これから延々とこの県境コースを歩くのだという責任感の 様な思いを新たにした。もっと大きなブナが多いと思った鳥取県側は葉を落とした樹間にスキー場や宿泊 施設などが望見され、興が削がれる。
 道は広いがぬかるんで裾を気にしながら歩く。
 右から仙谷登山道を合わせるとすぐ甑岩である。甑岩を越えた頂上直下の丸太道で川崎市多摩区から来 たという重装備の同年輩の男性と歓談。夜行バスで鳥取に来て仙谷を登り、氷ノ山越から降りて蒜山・大 山に向かうそうだ。同年輩は皆、元気である。左手に鉢伏山の頂上が霧の上に浮かんでいる。
 頂上に着くと先着組は昼食も済ませ、現役と和田・遠藤のOB・OGが三ノ丸まで行ってくれるというので地 図を渡す。代わって後続隊が頂上の避難小屋に入り、昼食とした。

 先行隊はシルバーと高年組以外は三々五々先行して下山開始。
 後発隊も当初予定より早く、13時35分に下山にかかる。
  以前に登った時よりも案内板や道標が増えている。頂上に立っていた東屋も以前はなかった。神大小屋 で記念撮影して確認すると「神戸大学氷ノ山体育所」と言うのが正式名と知る。
 気持ちの良い斜面を行くと一の谷水場(ここも新しい標識)。
 ここで休んでいると三ノ丸隊の声が聞こえた。さすがに軽装の現役は早い。びっくりした事に遠藤さんと和 田君も一緒である。ガスの漂う中を東尾根避難小屋で休憩して登山口に向かって最後の階段歩き。
 15分程で登山口に着いたら、岡井監督が気を利かして車で迎えに来てくれた。。
 有難く乗せてもらい、約30分の林道歩きから開放される。

 全員集合した所で木村先輩の仲介で鉢伏スキー場にある朝日ロッジに入浴と懇親に向かう。
 風呂で汗を流し、軽く祝杯を挙げ、和気藹々と新旧の歓談が弾んだ。
 18時に解散となってそれぞれ帰途に着いたが、心地よい疲労感と、キックオフ登山が無事終了したことに 満足できる一日であった。 
                         (文責: 松田)県境踏査報告VOL.01



下山後ロッジにてミーティング




   改めて「兵庫県境踏査」の意義について(2004.10.30)

04J26  改めて「兵庫県境踏査」の意義について

■KGWVのふるさと
 戸隠がKGWVの「心のふるさと」或いは「第2のふるさと」である事に誰も異議を唱える人は居ないでしょう。
そうするとKGWVの「本当のふるさと」もしくは「第1のふるさと」はどこだろう?と考えると、トレシャツの汗臭い匂いと青臭い議論の渦巻いていた「上ヶ原の部室」そして関西学院の立地する「兵庫県」になるのではないでしょうか。

■ふるさと兵庫再発見
 戸隠がKGWVの春夏秋冬の活動の場として、昭和38年の戸隠山小屋の建設と共に日の当る存在となってきたのに対して、「兵庫県」は六甲山と千刈以外、KGWVの活動の場として来ませんでした。
否、KGWVは全く「兵庫県」を知ろうとせず、無視してきた様に思います。
しかし、1000m級の山々50座を有し、京都北山、比良、鈴鹿に勝るとも劣らない兵庫の山々をもう少し真剣に見直しても良いのではないだろうか?と思い当たるに至りました。

■加藤文太郎
 兵庫県が生んだ不世出の単独行者、加藤文太郎が「兵庫アルプス」と呼んで春夏秋冬歩き回った岡山・鳥取県境の山々。70〜80年も前に日本アルプスの冬季単独縦走や横断を成し遂げた巨人を生んだ兵庫の山岳。
標高こそ1500mが最高ではあるが、積雪の多さは上越や加越に劣らず、草創期からスキー場を育んできた兵庫の山々を、我々「兵庫の関西学院」が県境や峠を跋渉する事によってその良さを世間に知らしめる事は有意義な事ではないでしょうか。

■京の都と地方を繋ぐ峠----知的好奇心----
 京都・大阪側の県境は、標高は800m以下であるが「京の都」と但馬、因幡を結ぶ蜘蛛の巣のような峠群(約70ヶ所)には歴史の名残を今に残す峠も数多く在ります。
人為的に決められた県境と、自然が作った峠は人々の暮しにどの様に関わって来たのでしょうか? 今でも県境を越えて双方向の人的な交流は有るのでしょうか? 栄える峠と廃る峠の差は何なのでしょうか?
こんな文化的側面を考えるのもWV活動であったのではないでしょうか。
更に言うと、京都・大阪の兵庫県境を完全踏査した記録はありません。
我々が踏査すれば、<初踏査>という事になります。
<別掲>
(1)兵庫の1000m峰リスト (2)兵庫県境の峠リスト (3)県境と峠の関係及び役割

■以上が、外的な県境踏査の意義とするならば、内的なKGWVとしての県境踏査の意義について考えてみましょう。

■KGWV−OB会の財政の逼迫
 OB会費の支払率はほぼ60%程度で年間120万〜140万円しか集まりません。
KGWV創立40周年や山小屋40周年等のイベントは殆どOBの寄付で賄われています。
海外遠征等の企画もありましたが、最低でも1000万円は必要と考えられます。
大長山事故のOB寄付金が700万円。
次代の55周年、60周年の飛躍に向けて、今は身の丈に合う活動を考える必要があるのではないでしょうか?

■WV活動とは
 WV活動は非常に幅の広いアウトドア活動であり、これが真のWV活動であると断言はできませんが、最近の現役活動を望見するに、山岳部の消長に伴い、WV部がそのフィールドを侵食(侵略)している様に思えるのですが如何なものでしょうか?
勿論、WV活動は時代の変遷に伴い変化、変質して行く物であるが一度、立止まって考え直して見る必要はないでしょうか?

■OB(会)と現役の関係
 矛盾を恐れず、敢えて言わせて貰えば、若者(≒現役)は「大きな夢」を持つべきです。
大人(オトナ≒OB)はその夢の実現の為に、蔭になり日向になって支援すると言うのが
体育会系クラブのOB会の責務ではないでしょうか。
その為には双方が考え方や夢を話合い、共有できる場が必要です。
支援してもらっていると言う感謝と尊敬。
見守ってやらねばならないと言う慈愛と責任。
これらをWV活動の実行を通じて深め合う機会、これを県境踏査で実感・体感して戴きたいと思います。
                                      以上
                                                    文責:山行部会 松田(S43卒)